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2020.09.11

緑の十八番 森田晃樹選手編

マッチデイプログラム企画『緑の十八番』

 

森田晃樹 選手

 

文=上岡真里江(フリーライター)

 

特別足が速いわけでも、体格に恵まれているわけでも、筋骨隆々なわけでもない。だが、森田晃樹には不思議なほど、ピッチの中で誰よりも観客の視線を惹きつける“華”がある。

 

なぜだろう。その理由を誰よりも模索しているのは、実は森田自身だ。

 

幼少時から『テクニシャン』と言われてきた。しかし、本人の中にその認識は全くと言っていいほどない。そう表現されるのは、「ネイマールみたいな、足技に長けている選手」。自分は「それに当てはまらない」。違うタイプのプレーヤーだと自覚している。

「でも、じゃあどういうプレーヤーなのか? と聞かれたら、自分で答えるのは難しいんですよね」と、本人は苦笑する。「例えば、めちゃめちゃ足が速い選手だったら簡単で、『スピードスター』と言ったりできる。でも僕みたいに、『上手いよね』とは言われるけど、特別何かボーンと突出しているものがないタイプって、けっこうそういうところでつまずくんですよ。だから、ユースの時から、『俺は何なんだろうな?』って、自分の良さが分からなくなることは何度もありました」。実は以前から気にしていた、密かな悩みだった。

 

考えに考えた末、あえて自身の魅力を言葉にすると、「難しそうなことをサラッとできるところ」という表現に行き着いた。相手のスライディングタックルをヒラリとジャンプでかわす、ターンやフェイントを織り交ぜながら執拗な守備をあざ笑うように抜き去る。一見何気ないように見えるその華麗なプレーの数々は、実際は相当の技術力と想像力が伴ってこそだ。

 

だが、そうしたプレーをするために特別な練習をしたことはないという。もっと言えば、「正直に言うと、居残り練習も含めて、決められた練習時間以外にサッカーの練習をしたり、陰でこっそり練習したり、という努力はしたことがなかった」ほど。それでも、今のプレースタイルを築けた理由として、2つの要素が思い当たる。

 

1つ目は、“ヴェルディのアカデミー”という環境だ。幼少期を名古屋で過ごした森田は、東京に来る前は、名古屋グランパスエイトが運営するサッカースクールに通っていた。愛知県各地にあった同スクールで選抜メンバーに入るほどポテンシャルを発揮していた晃樹少年は、東京へ引っ越したと同時に東京ヴェルディのアカデミーのセレクションを受ける。

 

「落ちる気はしなかった」との自信どおりに合格すると、その後は各カテゴリーで常にチームの主要選手として一目置かれ、ユースまでは無双状態だった。その中で、偶然か必然か。ともに育ってきた同年代の仲間は皆、身体的に小さい子が多かった。だが、逆にそれがプラスに働いたと捉えている。

 

「スピードやフィジカル勝負じゃなく、みんながパスやテクニック重視という中でやってきた影響は、かなり受けているはず。僕の世代は『テクニシャン』と言われる選手が多くて、その中で日々の練習をしていくうちに、自然と技術が磨かれていったんだと思います」

 

あらためて、環境に恵まれたと実感している。

 

もうひとつは、小学生時代にテレビで観た、FCバルセロナ時代のロナウジーニョの存在だ。それまで誰のプレーにも感化されたことはなかったが、その鮮やかなプレーの一つひとつに心を奪われ、心の底から湧いてくるワクワク感が抑えきれないでいる自分と初めて出会った。「僕も自分のプレーで人をワクワクさせられるサッカープレイヤーになれたらいいなぁ」。その想いこそが森田の原点なのである。

 

ロナウジーニョを目標に掲げながらも、中学、高校と成長期を経ていくうちに、「体のサイズ、強さ、足の速さなど、自分のポテンシャルの限界が分かってきた」。スピードやフィジカルなど、天賦の才の不公平さに打ちひしがれることもあった。それでも理想像が元バルサの10番から決して変わらなかったのは、ブラジルのスターからもっともインスパイアされたのが、技術や身体能力のすごさでなく、「面白い」という感情だったからだ。

 

「サッカーの本質って、“エンターテイメント”であることだと思います。絶対に、やっている自分たち選手だけのものではないし、立場関係なく、全員のものだと思います。だからこそ、見ているみんなが俺のプレーで『楽しい』と歓声をあげて喜んでくれた時が、一番サッカーをやっていてうれしい」

 

永井監督は現役時代から常々、「ライバルは、ライブ会場や東京ディズニーランドなどのテーマパーク」と、サッカー観戦がエンターテイメントであることを強調し続けている。それと同様の価値観を、この二十歳の青年は、小学生の頃からずっと自分のプレーの根本に抱き続けているのである。森田のプレーに“華”を感じるゆえんは、ここにあると言ってもいい。

 

「ワクワクさせるプレーのために、特別な“練習”はしていない」。そう前述したが、魅せるための“意識”は、実は誰よりも高い。観る者の視線を釘付けにする秘訣は「オーラ」だと森田は言う。「言葉で言うのは簡単だが、自らそれを放ったり、纏ったりするのは非常に困難では?」と尋ねると、興味深い答えが返ってきた。

 

「例えば、漫画やアニメで、主人公ではないけど、“天才キャラ”っているじゃないですか。それって、僕の中では割とクールだったり、怠け者だったり、あまり努力を見せなかったりというイメージがあって。なので、自分はそういうタイプだと思い込んで、『人を楽しませるプレーができる』という絶対的な自信を持つんです。たぶんその自信がオーラとして出て、面白いプレーにつながっているんだと思います」

 

絶対的な自信を持つために、「止める、蹴る、の基本技術をとにかく磨くこと」。「特別な努力はしてこなかった」とは言うものの、「『止める、蹴る』の練習だけは、正直、誰よりも意識して練習しました」という自負はある。「その練習をしっかりとするから自分に自信が持てて、自信があるからそういうプレーにつながるのかもしれませんね」。まさに、“基本あっての応用”なのだ。

 

基本技術は自分の身を助けてくれる。そうした“一生もの”とも言える事象への高い意識は、面白いほどプライベートにも顕著に表れている。

 

唯一とも言える私生活でのこだわりは、「身に着ける物はケチらず、高価でも良い物を買う」ことだ。プロになって初めてもらった給料でピアスやネックレスを買いに行った際、「ずっと着けるんだから、良い物を買いたい」と、高価なものを選んだのがすべての始まりだ。背伸びをしたことで、「それに見合う選手になりたい」とモチベーションが高まったことをはっきりと実感した。

 

車も同じだった。プロサッカー選手として、決して高給をもらっているわけではないが、1年目で高級車を買ったことで、自分に発破をかけた。「その車に乗るにふさわしい選手にならなければ、という意味もありますし、1年目から活躍して、もっと稼がないとヤバいよ、というどちらの意味もあります」。プレーも私生活も、“クール”がモットーだ。

 

アカデミー時代はプレーも含め、ほぼすべてが思いどおり進み、ただただ順風満帆にサッカーエリートコースを歩んできた。だが、昨年プロの世界に入って状況は一変。周囲も対戦相手もレベルが一気に上がり、初めて試合に出られない、出ても思いどおりにプレーができないという大きな壁にぶつかった。

 

2年目の今季、少しずつ試合に起用されるようになり、特に8月中旬ごろからは、先発出場も増えてきている。「壁をひとつ越えられた、自分が成長できている、と実感できた時は、ものすごくうれしい」。この喜び、充実感は、何ものにも代えがたい。

 

「僕はこれから先も、いくつもの壁にぶち当たる予感がしています。そのたびに、何度もヘコむと思います。でも、壁が来て、ひとつ越えたらまた次の壁が来て、またそれを越えて、とやっていくうちに、着実に素晴らしいプレーヤーになれると思うので、これからいくつも乗り越えていきたいです。今の自分の立ち位置、レベルは理解している。フィジカル、技術、メンタル、その他すべてがまだまだ足りないことだらけ。でも、だからこそ、これからの自分が楽しみです」

 

今はまだ仕方がないかもしれないが、「誰々みたいなプレー」、「日本の○○」、「○○二世」と表現されるのが好きではない。理想は、「他の選手のプレーの評価基準として、『森田晃樹みたいだな』と言われること」だ。

 

“止める、蹴る”の基本技術に裏付けされた揺るぎない自信を胸に、観客の心を最高に“ワクワク”させる唯一無二のエンターテイナーになってみせる。