『J1でも本領発揮。稲見哲行が大切にしたい"生き様"』
Player's Column
東京ヴェルディが16年ぶりにJ1で迎えた2024シーズン開幕戦には、最高の舞台が用意された。東京ヴェルディ対横浜F・マリノス、会場は国立競技場。1993年の『Jリーグ開幕戦』と同一カードというエモーショナルな一戦には、大いなる注目が集まった。
その格別な試合で脚光を浴びたのが稲見哲行だ。昨季、これまでのJ1での経験値の差をはっきりと示し、絶対的なレギュラーとして昇格に大きく貢献した宮原和也がキャンプ期間中に負傷。開幕に間に合わなかったため、その右サイドバックに抜擢されたのが稲見だった。そして、キャリアの中でも、「スタートからの出場はほぼ初めて」といえるポジションで、エウベル、後半途中からは宮市亮というスピード誇るワールドクラスのFWにほとんど仕事をさせず、与えられたタスクはほぼ完遂してみせた。
「サイドバックをやることになる前に監督とも話をして、開幕戦の相手が横浜FMであること。さらにその先もサイドハーフにスピードや攻撃面で特長のある選手がいる相手が続くから、お前の守備面の特長を出してほしいと言われていたので、その部分を出すことをまずはすごく意識して入りました。みんなからも『エウベル止めたら本物だよ』などと言われていたので、すごく楽しみにしていた部分もあって。実際、自分の得意な形で入って、自分の間合いに持ち込めば、J1でも負けないということが証明できたので、あの試合である程度の手応えを感じることができました」
その後、宮原の復帰後は本来のボランチにポジションを戻してからも、『ボールを奪う』という最大の持ち味をしっかりと発揮し続け、レギュラーを掴んでいる。
「これまでやってきたことが、より高いレベルの選手にうまい形でぶつけられているというのは、自信に繋がっているところはあります。
ここまでJ1の選手と対戦して一番思っていることは、例えばマッチアップした時に、自分の特長(特徴)をすぐに理解して、それによって対応を変えられる選手が多いということです。それは、チームとしてのシステムもそうですし、個人との対戦でもすごく感じていて。相手によって自分のプレーを変えられる選手が多いなというところで、J2との違いを感じますね。なので、僕もただ自分の特長を出すだけではなくて、対峙する相手選手の特長(特徴)によって出し方を変えたり、相手チームの戦い方によって変えなければいけないなということも、ここ数試合で特に考えています。じゃあそれが、果たしてできているのかは別として、でも、その感覚を抱けているだけでも成長なのかなと思っています」
サイドバックを経験したことで、“コーチング”の重要性を改めて痛感したという。
「サイドバックからサイドハーフにかけるコーチングがすごい大事で。きちんとした声かけがないと、入れられるはずのスイッチが入らないことが多かったり、自分にとっても、立ってほしいポジションにサイドハーフが立ってくれないと、自分が行きたいタイミングで行けないとすごく感じたので、本当に勉強になりましたし、すごく身についたと思います。
もちろん、もともとボランチでもFWへの守備のコーチングなどは意識していました。でも今はさらに、自分が出て行くためのコーチングや、他の人にスイッチを入れさせるためだったり、行けない部分で止めさせるコーチングなど、ボランチは360度、全員が声の届く範囲内にいる分、これまで以上に意識して出すようになりました」
こんなふうに、新しいことに積極的にチャレンジし、新たな学びを引き出しとして増やしながら成長を続けている25歳。いかなる屈強な相手でも臆せずにボールを奪いにいく、そのアグレッシブなプレースタイルとあわせ、そのルーツを探ると、彼の“人生観”に辿り着いた。
稲見は、自身の強みを「ポジティブさ」だと即答する。
「ミスしてしまっても、次に向けて『こうしたい』と考えますし、それで周りの人をポジティブにできれば一番いいと思っています。それが、サッカーも私生活も、何事も楽しめることにも繋がっていて、毎日をすごく楽しめている。そこが自分の生き様というか、長所だとは思います」
つまり、“自分”がしっかりと確立されているのである。その要因として本人が挙げたのが、大学時代の就職活動と、6歳と8歳上の、二人の大切な姉の存在だ。
明治大学サッカー部は、プロ志望の選手でも就職活動を経験させる方針なのだという。そのため、早いタイミングでヴェルディへの加入内定が決まったとはいえ、他の学生と同様、しっかりと自分と向き合い自己分析をし、M&A関係の会社や食品メーカーの企業などにエントリーシートを提出し、面接も受けた。
「そこで初めて、サッカー以外の仕事をして、社会に対して一生懸命何かを与えている姿を見て、いろいろなことを感じられたことが大きかったです」
また、年の離れた姉たちの姿からも、大きな気付きを得た。
「姉たち自身も、別にサッカー選手でもないけど、やりたいことを堂々とやっていて、家庭を持って幸せそうで。そういう姿を見ていて、『別にサッカーで成功しなくても幸せになれるんじゃないかな』と思ったことによって、就活も楽しめましたし、逆に、いま自分がサッカーをしている時間がいかに幸せかと思えるようになって。だからこそ、『楽しまなければもったいないな』と。で、そこから考え方がどんどん派生していって、サッカーに限らず、『人生は一度きり。楽しまないともったいない』と思えるようになったんです。その相互作用で、全てが良い方向に向かえたのかなと思います」
実は、「プロに入った直後から約半年間、家が決まらず、お姉ちゃんの家に居候させてもらっていたんですよ」と明かす。
「その時も、体のことを考えた食事を作ってくれたり、姉の知り合いでいろいろな分野で活躍する人たちに会わせてもらったりと、すごく刺激的な居候生活をさせてもらいました。
なおかつ、旦那さんや娘がいる中で図々しかったとは思いますが、代わりに自分ができることをやろうということで、ママチャリをこいで姪っ子を保育園にお迎えに行ったり、面倒をみたりして手伝っていました。大卒1年目のプロサッカー選手っぽくないこともしていましたしね(笑)でも、そうした全ての要素が、今の自分を作ってくれていると思いますし、何よりも姉が、今でも僕のサッカーの試合を見にきてくれますし、一人の人間として尊敬もしてくれていて。それがすごく嬉しいんです」
こうした1つ1つの経験を経たからこそ、“プロサッカー選手”というネームバリューがいかに大きな武器かをしっかりと自覚できていることもまた、稲見の素晴らしさだ。
「プロ選手は時間とネームバリューがものすごい武器だと思いますし、普通では会ってもらえないような人に会えたりもします。だからこそ、サッカー選手であるうちにいろいろな人と繋がって人脈を作っていくことも大事だと思いますし、やれることはやっておきたいなと思っています。そして、それがサッカーに繋がることもとても多い。そこで出会った人が自分の試合を見に来てくれて、感動したり、喜んでくれたり、自分のファンになってくれたらすごく嬉しいですし、それはクラブにとってもすごくプラスにもなると思います。なので、何事にもチャレンジして、いろいろな人に会って、アイデアをもらって、自分の感覚を研ぎ澄ましていくという作業を、サッカーのためにも、人生のためにもやっていきたいと思っています」
気がつけばプロ3年目のシーズンを迎えている。レギュラーとして試合に出ている立場として、また、同期の谷口栄斗が副キャプテンを務めていることも含め、チームに対する責任感は年々増している。
「もう3年目ですし、なおかつ、選手の年齢層的にも若いこのチームで中ではもう中間、もしくは中間より少し上ぐらいなので、自分が1年目、2年目に試合で経験したことを伝えることもできますし、逆に、自分は出られない時期もあったので、試合に出られていない選手の苦悩や迷いなどもすごくわかる。なので、そういう選手たちに対しての声かけもできればなと思っています。
やはり、去年昇格した時も、チームの雰囲気がすごく良くて、選手同士の仲も良かった。チームが何かを成し遂げるにあたって、それはすごく大事な部分だと思うので、その重要性を改めて昨季知ったからこそ、僕ができることはどんどんやっていきたいなと思っていますし、キャラ的にも、唯一自分にできるチームに対しての役割だと思っています」
稲見にとって、ファン・サポーターは「『応援されている』というよりは、『共に戦ってくれてる仲間』という意識がとても強い」と話す。だからこそ、なかなか勝ちきれない試合が続いてしまっているが、「自分も、チームのみんなももちろん悔しい思いをしていますが、同じ思いをファン・サポーターもしていると思います。なので、絶対に勝って、一緒に喜び合いたいなと常に思っています」
今節の対戦相手・アビスパ福岡には、明治大学の一つ上の先輩であり、元チームメイトのストライカー佐藤凌我が在籍する。昨年9月に左膝に大けがを負ったが、17日に行われたルヴァン杯で約7カ月ぶりの復帰を遂げているだけに、対戦を心待ちにしている。
「凌我くんは1個上ですけど、ほぼ同期みたいな存在なので。結婚して、もしかしたら浮かれてるかもしれないのでー」
と、関係の良さを伺わせるイジりをしつつ、先輩としても、選手としても、リスペクトする存在の一人であることは昔も今も変わらない。
「凌我くんからはたくさん学びましたし、自分が1年目で入ってきて、知らない人が多い中で、いろいろ助けていただいて本当にお世話になった先輩。自分の成長も見せたいので、ガッツリと自分がボール奪い取ってやるという意気込みで挑みます!」
どんな事象にも常に前向きに挑み、その挑戦を楽しみ、経験値にしていく。そんな稲見の人生観が溢れ出る、アツく頼もしいプレーを今節も期待している。
<深堀り!>
Q:最近、自分の身の回りのことで気になっていることや悩みはありますか?
A:自分の時間をもう少し確保した方がいいのかなというのはありますね。というのは、僕、さっきも言った通り、姉弟の末っ子ですし、大学も寮生活、高校も実家だったので、寂しがりやで。だから、プロに入って初めて一人暮らしをしたら寂しくて、誰かといる時間がすごく多いんです。先輩の誘いとか、ほぼ断らないので。
でも、逆に、1人で読書をしたりする時間は作りたいなとは思っているので、本も買ったりはしているんですけど、その時間がなくて。なので、自分と向き合う時間というか、そういう時間を意識して作った方がいいのかなというのが、ちょっと気になっていますね。
読む本は、小説系が多いですね。僕は、自己啓発系はあまる好きではありません。どちらかというと、小説を読んで、自己啓発を自分でするというのがベストだと思っていて。その小説から何かを感じ取って、それを自分の人生につなげたいなと思っています。でも、読む時間がなくて… ぶっちゃけ、買ったままで埃をかぶってるぐらいです(笑)
あと、犬を飼いたいです!でも、移動も多いので、犬は一人で飼うのは苦労することが多いと思うので、猫にしようかなとも。
とはいえ、やっぱり犬がすごく飼いたいですね。オスのフレンチ・ブルドッグで、すっごいおっちょこちょいでドジなヤツがいい(笑)飼ったら、相棒みたいに常に一緒に行動して、超可愛がりますね。それが今の悩みです。
(文 上岡真里江・スポーツライター/写真 近藤篤)