『誠実で"真面目"な林尚輝の知られざる"ルーツ"とは―。』
Player's Column
2023シーズン、林尚輝は「期限付きという形ですが、僕は『絶対に“ヴェルディ”でJ1に昇格する』ということしか考えていません」と、熱い心を持って鹿島アントラーズから加入してきた。怪我で苦しんだ時期もあったが、実際に23試合3ゴールとキャリアハイの成績で東京Vの16年ぶりのJ1復帰に大きく貢献し、着実なる成長を証明してみせた。
そんな、選手としてレベルアップしたディフェンダーに、レンタル元の鹿島はもちろん、他クラブからも熱烈なオファーが届いたことは言うまでもない。それでも、林の「もう1年このチームでやりたい」との思いが何よりも勝った。
「去年のJ2の時からこのヴェルディでやってきて、積み上げたものがあったのももちろんなのですが、自分の中では『ヴェルディに成長させてもらったな』とか『起用してもらってありがたいな』という気持ちもあったんです。なので、『J1に上げました!終わり』というのは、なんかちょっと違うなという感覚があって。このチームがJ1できちんと戦えるチームだと証明して、それからもう1回(所属チームを)考えるべきかなと。そもそも、自分がヴェルディを想像よりも好きになっていたというのもありますけど(笑)なので、『もう1年はヴェルディでやらせて下さい』と鹿島にお願いしました」
熟考した末に選んだ東京Vでの2年目。今季の林のチームへの想いと責任感は、昨年をさらに上回っている。
今季ここまで4試合を終え、チームは2分2敗、勝点2という状況だ。
「J 2を勝ち抜いて上がってきて、これまでできたこと、やってきたことは間違っていなかったという思いと、やれる自信は少なからずありました。そこに関しては、今も変わっていません。ただ、勝ち切れなかったことは事実。「これが、J1とJ2との差だな」というのは感じました」と、林は手応えとともに、ステージが上がったことによる厳しさも感じているという。中でも最も痛感しているのが、VARの有無の違いの大きさだ。自らも第3節セレッソ大阪戦で後半アディショナルタイムにペナルティエリア内でファウルを取られ、PK献上という苦い経験をした。
「自分含め、チームとしても、PKになってしまう対応というのを体感することで、『こうしなければいけなかったんだな』という基準に気付かされた部分はありました。“経験の差”という言葉はあまり使いたくはないですが、やはりVARの経験値というところの差はすごくあって。正直、ここまでシビアにVARを考えないといけないという感覚はなくて、 ここ2年、J1でやっていなくて、僕が鹿島でやっていた頃とはだいぶ変わったなと思いました。今はもう、ペナルティエリア内では守備に行く時は後ろに手を組まないといけないですし、それをするだけで相当体の使い方や動き方が変わるので、その練習はしないといけないなと、改善の必要性を感じています」
ただ、一方で、思うような結果には繋がっていないが、自分たちの大きな強みも感じていることも確かだという。
「数値などを見ても、J2の時よりも明らかに走っている量、スプリントの数が増えていて、『これがJ1なんだな』と思いつつも、他チームの同じポジションの選手たちもそうなのかな?と思って同じデータを見ると、 全然自分たちの方が走っていたりするんです。これって、絶対に強みになる。自分たちはラインを上げて、下げる時は下げて、背後に蹴られたらスプリントで守りきる。それを徹底してやって、90分間きちんと最後まで質高くやり通せたら、そしてそれがシーズン通してやり通せたら、間違いなくヴェルディの大きな長所になっていくなという感覚があります」
リスクは覚悟の上でハイラインにチャレンジすることで、チーム全体の守りやすさを生む。その徹底こそが、城福ヴェルディの“ベース”であり、最大の特長となっているのである。
実は林、大学時代に3年連続、学業成績で『優秀賞』に選出されている。
「スポーツ特待生としてサッカー推薦で大学に入ったので、学費免除があると思っていたんです。でも、そうではなくて。それで、『やばいな』と思っていた矢先、学部で成績上位4人になれると授業料を免除してもらえるという制度があることを知ったんです。で、僕は小中高と成績はよかったので、『頑張ってみようかな』というのが始まりでしたね。それに、体育大学だったので、体育の成績も加味されるんですよ。なので、意外と狙えるわと思って、バイトするんだったら勉強した方が有意義かなと。どっちみち、単位を取るためにやらなきゃいけないことだったので、それをみんなよりちょっと頑張ろうかなという感じでやっていったら、本当に上位になれたという感じです。それを、同じように毎年繰り返していった結果、3年連続だったという感じです」
見事に学費免除となり、両親を非常に喜ばせたが、さらに、選んだコースの『心理カウンセリング』の授業が、その後の林のプロ入りに大きくつながることとなったのである。
「僕は、小さい時から自分の中でメンタルの弱さがあるとずっと思っていたんですよ。なので、プロになるのであれば、これを克服しないといけないという思いもあって選びました」
その選択は大正解だった。第一に、『スポーツメンタルトレーニング』の授業によって、思考が大きく変えられた。
「僕の中でメンタルトレーニングのイメージは、すごいしんどい状況に置かれても耐えられる。いろんなプレッシャーから耐えれるということがメンタルが強いという状態だと思っていたんです。でも、授業を受けることで、そうではないということがわかって。結局、大事なのはマインド。何か1つのものに対して、それをどう捉えるかで変わる。それがメンタルの強さだということを学んだことを機に、自分の中ですごく楽になったんですよね。それまで、自分は絶対にできないとダメだという性格だったんです。『できないのはおかしい。できて普通』だという考えだったのを、『できないことだってあるでしょ』ぐらいな感覚になれたことで、サッカーもすごく変わって。試合のたびに『絶対に失敗しちゃいけない。絶対に相手にやられるのはおかしい』と縛り付けてやっていたのを、ミスしても『ごめん!』ってすぐに切り替えて引きずらなくなったのは、本当に大きかったです」。その思考が身についたことで、全てがポジティブに捉えられるようになった。
また、最も自分が変わったのは、その授業の一環として大学3年生の初めの頃に訪れた、障がい者の方々が働いている施設を訪れた際に、その担当者の方から言われた一言だった。
「僕、子供の頃からずーっと真面目キャラで、『真面目くん』とか言われていたんです。でも、高校の監督だけが、『お前は、おとなしいけど、全然“真面目”ではない』と言ってきて。正直、それまで真面目と言われるのが好きじゃなかったのですが、その時初めて自分で、『いや、真面目やし』って思ってしまったんですよ(笑)で、そんな時に、たまたまその担当の方が『言葉の意味を深めるために、辞書を引くといい』というようなことを言っていて、自分は“真面目”という言葉を調べたんですよね。そうしたら、1つは規律などを厳守する的な意味。それと、もう1つが、目標や目的などを達成することに対してひたすら一直線にやる、みたいなことが書いてあったんです。それで、高校の監督から、『本当の真面目だったら、例えばみんなが盛り上げようとしている時に、どんなに引っ込み思案な性格だからといって、変なことをする役から逃げたりはしない。それを、自分はやりたくかいからと避けている』と言われたのを思い出して、『確かに』と。それ以来、僕の中で“真面目にやる”という感覚を変えようと決めました。例えば、今までは、上手い先輩がいて、どんな練習をしているのか知りたいけど、聞いたら迷惑かなとか、今のタイミングじゃない方がいいかなとか、気を遣っていると思っていたのですが、実はそうじゃないなと。自分が上手くなりたければ、聞けばいいだけの話。相手のことを考えているようで、自分が聞けない理由を作っていただけだったんです。それを変えて、菊池流帆くん(現ヴィッセル神戸)、田中駿汰くん(C大阪)など、素晴らしい先輩がたに、遠慮なくガツガツと自分から聞きに行くようになって。他の物事に対しても、同じ“まじめ”でも、自分の中で字を『本気目』という字に勝手に変換して取り組んだら、そこから本当にいろいろと自分を取り巻く環境が変わっていって、スカウトさんが見に来てくれるようになったりとか、一気にプロの世界が近付いてきました。それが、自分の中でターニングポイントなのかもしれないです。いい意味で、自己中心的になれたかもしれないですね」
先日、大学時代の友人が試合を見に来てくれたことで、忘れかけていた、当時の“本気目”をちょうど思い出していたところだという。「今、J1でまたこうやってプレーできているからこそ、もう一度原点にかえって、何事にも周りを気にせず貪欲に取り組みたいなと思います」
出場試合が少なかったこともあるが、鹿島時代の2021年、2022年は、コロナ禍でファン・サポーターの声援を直に感じられる機会がほとんどなかった。その意味では、東京Vに来て初めて、その存在がいかに温かく、心強いものであるかを実感できている。
「スタジアムに行った時に緑の応援をしてくれる人たちが多いと、その分頑張れる気持ちがすごく高まります。こうしてJ2からJ1に上がってきて、待ちに待ったJ1での舞台。それは自分たちもですが、ファン・サポーターの方々がもしかしたら一番望んでいたことかもしれません。その状況を楽しみながら、苦しいことや、今も勝てていなかったりしますし、そういう紆余曲折はいっぱいあるとは思いますが、これから一年を通して、最後はみんなで笑えるようにしたいと思っています。自分たちはピッチでやれることを思い切ってやるだけですが、ぜひ、後押しをお願いしたいです」
常勝・鹿島で吸収した“勝者のメンタリティ”を遺憾なく発揮し、『上手くて闘える』まで成長したヴェルディを、さらに『J1で勝てる』チームへと色付けしていく。
<深掘り!>
Q:年明け、「おみくじで『家移りは待て』と書いてあったため、引っ越しはやめたとおっしゃっていました(笑)さらに、「おみくじは引くけど占いは絶対行かない」とも。占いに行きたくないエピソードなどがあったりするのですか?
A:
僕、性格的にそれにとらわれすぎそうになるので。おみくじも、 おみくじなんて、されどおみくじじゃないですか。なのに、結局左右されてしまっていますよね(笑)
おそらく、一昨年の厄年がめちゃくちゃ関係しているんです。僕、厄年の一昨年は怪我で全くサッカーをしていないんですよ。で、後厄も怪我して、という状況だったのが、自分の中ですごく気になっていて。スポーツの世界って、運気とかを大事にしている人もけっこう多いじゃないですか。そういう話を聞いて、おみくじもやたら気になるようになってしまって(笑)それで、今年も引いたらて『家移り待て』と書いてて。「うわ、じゃあやめとくか」という感じですね。
ただ、それが占いになっちゃうと、俺の中で、もうそれが正解というか、「絶対そうなる」と思っちゃいそうなので、怖くてできないという感じです。本当は、めちゃくちゃ興味はありますけど、怖くてできないという感じです。
でも一方で、厄年も、考え方によっては『人生の起点になる』とも言われて。実際、ある意味なってるんですよ。というのは、ヴェルディには、その怪我した一年がなかったらたぶん来てなかったと思いますからね。
(文 上岡真里江・スポーツライター/写真 近藤篤)