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2021.04.04(日)15:00 KICK OFF

COLUMN

『YOUTHFUL DAYS』vol.4 ンドカ ボニフェイス

プロの厳しい世界で戦う男たちにも若く夢を抱いた若葉の頃があった。緑の戦士たちのルーツを振り返る。

取材・文=上岡真里江

「言いたいことが言えなかった」少年時代

両親が共働きだったため、おじいちゃんとおばあちゃんに育てられた。その影響で、幼稚園の頃はテレビの前で毎場所相撲漬け。なりたかった職業はもちろん「相撲とり」で、自分の中のアイドルは『千代大海関』だった。

そんな幼い日の記憶を遡ると、そのたびに真っ先に思い出す出来事がある。近所の友だちと遊んでいた時のことだ。「もう帰るよ」。帰宅を促すために親が迎えに来たが、ちょうど自分が貸したキックボードを友だちが使って遊んでいたため、どうしても「返して」の一言が言えず、帰ることができなかった。

ナイジェリア人の父、日本人の母の間に生まれた。物心がついた時から「周りと違う」と感じ、常に「自分がどう見られているのか、周りの目をすごく気にしていた」という。いつの間にか、「言いたいことが言えない」性格になっていた。そんなンドカ少年の心の内を知ってか知らずか、家に帰ると父親からはっきりと指摘された。

「お前は考え方が日本人だ。言いたいこと、思ったことを自分の言葉で言えない。ナイジェリア人だったら何でも言える。お前にはその血が入っているんだから、もっとナイジェリア人みたいになれよ!」

その日以降、事あるごとに言われ続けたその指摘が幼心にショックだった。そんな自分の性格が嫌で仕方がなかった。そして、固く決意した。「絶対に言いたいことが言えるポジティブな性格になって、親や周りからの見方を変えてやろう」と。

それを実現させてくれたのがサッカーだった。定かではないが、たしか小学1年生ぐらいだったと記憶している。仲の良かった従兄弟が所属する『越谷サンシンサッカースポーツ少年団』に加入したのが始まりだった。決して強いチームではなかったが、みるみる頭角を現し、チームで1、2を争う中心選手になり、試合で活躍するにつれて、自身の中に確固たる自尊心が湧き出てくるのを実感した。

私生活では相変わらず引っ込み思案だったが、サッカーをやっている時だけは、喜怒哀楽を誰よりも表に出せる自分がいた。それはゴールを決めたり、試合に勝ったりすることによる「うれしい」「楽しい」とはまた別の感情だった。

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