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「自分はどんな人間なのか」
それは就職活動であったり、バイトの面接であったり、はたまた人付き合いの中であったり。どこかのタイミングで考えさせられ、しかもなかなか答えが出ない。「自分のことなのに…」というのが余計にもどかしい。実際、世間にはそうした悩みを抱える人が多いようで、そのようなテーマの本が最近売れているという。考えすぎて「自分探しの旅」としてインドに行ってしまう人もいる。
そんなことをするより、手っ取り早いのは、まず人に聞いてみることだろう。
坂部幸菜はインタビュー中、近くを通りかかった選手に、
「幸菜ってどんな人?」
と片っ端から聞きまくって”自分探しの旅”が始まった。以下はそれぞれの証言である。それらを元に、彼女がどんな人間なのか考えてみよう。
証言① 岩清水梓「気が強すぎ」
先輩に怒られても動じない。先輩であってもイジってしまう。彼女のそうしたエピソードを耳にする。それをもって「気が強い」というのはさすがに暴論かもしれない。ただ、インタビューの中で気の強さ?のようなものの原点が垣間見られた。
東京都西多摩郡瑞穂町出身。「ミニラ」の愛称で知られた中村忠ヘッドオブコーチングも同郷で、瑞穂町について「のどかで空き地がたくさんある。全体的にのんびりしている」と語っている。坂部は、そんな環境で5歳からサッカーを始めた。
「男子チームの中で女子1人だったんですけど、その学年の中で一番最初に入ったんです。だから、一番わがままでやっていて、今もわがままが許される人生になってしまいました(笑)」
そんな振る舞いをしながら、「揉め事は嫌い」と話すように、いつも丸く収まっていたようだ。あの愛嬌のある笑顔を浮かべると、相手はついつい許してしまう。そんな想像は容易にできる。
そう、坂部と言えば笑顔の印象を持たれる方も多いだろう。試合中でも笑顔が見られるときがある。当然ふざけているわけではない。
「キツいなと思っても態度に出したくないんです。余裕を見せたい。だからキツいときほど笑っちゃう」
ただし…。
「怒られているときも、ちょっと笑っちゃう」
それがもしかすると、周りから気の強さとして映ってしまうのかもしれない。怒られるときに笑ってしまうのは、いつも反省している。
証言② 田中桃子 「タメとか下には、お母さんっぽい。『あれしなさい!』『これしなさい!』って」
坂部はサッカー選手でなければ、保育士になりたかったという。小さい子が大好き。スタンドで手を振っている子どもを見つけると、笑顔で手を振り返す。イベントなどで小さい子どもが輪の中に入れずにいると、手をつないで一緒に輪の中に入れてあげる。
「母性が出ちゃっています?(笑)」
「お母さんっぽい」かどうかはひとまず置いておいて、タメ=同期とはどのように接しているのか。長年のファン・サポーターの方々には有名な話かもしれないが、坂部はメニーナ時代キャプテンを務めていた。しかし、彼女に「キャプテンシー」という言葉があまり似合わないようにも見える。なぜキャプテンになったのか?
「多分、責任感がないからだと思います。成長してほしいって意味でキャプテンを任されたんじゃなかったかなと」
キャプテンとして取り組んだこと。
「『何でも言える雰囲気にしよう』ということは意識していました。中1で高3の人、なんか怖いじゃないですか。だから、怖くはならないようにしようって。下の子たちが荷物を運んだり、準備とかも全部やるという流れだったんですけど、自分たちのできることは自分たちでやろうって。言いにくい雰囲気って、やっぱりサッカーでもやりにくいじゃないですか。私生活がそうだと、プレーにも出ちゃうのかなって」
チームの風通しを良くする。ただしそれは一人ではできなかったという。坂部を中心として同期の木村彩那、野田になと協力してチームをまとめた。
「ニナがちゃんとしている人だから、とりあえず何かあったらニナに相談みたいな感じで。サナはチームメイトというか、友達みたいな感じ。長くいるからこそサナのこともわかるし、サナがいるから楽しいと思う練習とかもあります。サナは楽しむ存在、ニナは落ち着く存在。本当に二人がいるから、良い感じにオンもオフもやれているのかなと」
少し「お母さんっぽい」という話から遠ざかったかなと思われたころ、それは目の前でちょうど起こった。坂部キャプテンの元、メニーナ時代に伸び伸びと過ごしてきた樋渡百花が通りかかったときだ。彼女に、
「ご飯食べた?ちゃんと写真撮った?送った?」
と優しく声をかけている姿があった。
ともにチームから食事管理を受け始めた坂部と樋渡。それに対して、後輩のこともちゃんと気に掛けていたのだ。その面倒見の良さ、やはりお母さんっぽい。
証言③ 松田紫野 「靴下が変」
これはそのまんま。坂部が、
「これちょっと見てください」
と言って見せてくれたのは、全体が青く、足首の内側、外側に目がプリントされている、よくわからないデザインの靴下。
「カエルの靴下なんです。靴下は、いつもキモいの履いています。なんか面白くて、かわいいなって思って買いました。他にアフロの絵柄の靴下とかも持っています。靴下って見えないじゃないですか。だから何でも良いや!って思っちゃう。だから、どうせなら面白いやつで」
そのこだわりを理解するのは、なかなか難しい。
証言④ 村松智子 「試合中に、許可してないのに勝手に上がっちゃう。止める暇もなく上がっちゃう。でも、点取ってくれるから好き」
ディフェンスでありながら攻撃が好き。
「小学校のチームでも、全部やるみたいな人っているじゃないですか。いろんなところに顔を出しまくって、めっちゃ指示しまくってみたいな。そんな感じでプレーしていて。そこから攻撃が好きだったんだと思います」
今季の目標は、
1点決める。
デッドリフト目指せ100kg
デッドリフト100kgはともかく、守備の選手で目標に得点を挙げていることが彼女の特徴を表していると言えるだろう。
そうした特徴が存分に発揮されたのは、2024年12月15日 皇后杯 JFA 第46回全日本女子サッカー選手権大会 5回戦 ジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦だ。75分、3バックの右に入っていた坂部は、右サイドのスペースに走り込むと、山本柚月のパスを受けてペナルティエリアに侵入。ワントラップから右足を振り抜いてネットを揺らす。その豪快なゴールは、さながら攻撃の選手だった。
このゴールにはある因縁がある。その試合の約3年前、まだメニーナに所属していた坂部は、皇后杯の準決勝まで進んでいた。2022年1月5日、カンセキスタジアムとちぎで対戦したのは、同じくジェフユナイテッド市原・千葉レディース。開始早々の8分、自陣ペナルティエリア内でクリアしようとした坂部のボールが相手に当たり、その選手にゴールを決められてしまった。「一生忘れないと思う」という、坂部が何度も思い出すシーンだ。結局メニーナは、その1点に泣き、ベスト4という結果に終わってしまった。
「大会を通じて流れも良かったし、チームに勢いがあったじゃないですか。だから、あんな最初で失点しなければ勝てたと思うと…。今回ゴールを決めて、グチさん(坂口佳祐メニーナ監督)に『ジェフで決めて良かったな』って言われるんですけど、試合で良いプレーできたわけじゃないし、自分の中では微妙なゴールだったから、まだ悔しさが払拭されたとは思っていません。自分の中でジェフはずっと因縁の相手で、皇后杯でジェフを倒したいっていうのは、ずっと思っていたんです。でも、あの悔しい思いを経験したことが今の自分にとって良かったとはまだ思えないから。やっぱり一生忘れないと思います」
その悔しさは、彼女のモチベーションとしてまだ残り続けているようだ。
さらに得点を決めた翌週、準々決勝で対戦したのは、昨季なでしこリーグ1部王者のヴィアマテラス宮崎。前半30分だった。CKのチャンス、菅野奏音の蹴ったボールを、ニアで樋渡百花がすらすと、ボールはファーへ転がる。そこに走り込んだ坂部がニア上、ゴールの右隅に豪快なシュートを突き刺す。これが決勝点となり、ベレーザは準決勝に進出している。
坂部の2試合連続ゴールで攻守に大活躍。試合を勝たせる選手になっている。
以上、選手の証言から掘り下げてみた。本人は、
「誰も良いことを言ってくれない!辛い!行動を改める!」
と嘆いてはいるが、近くを通りかかった誰もが彼女に声をかけていた。そんなキャラクターであるということも、彼女の一面に付け加えたい。
そして、こうした客観的な「点」と「点」をつなぎ合わせることで、ぼんやりと「坂部幸菜」という輪郭が浮かび上がってこないだろうか。
これをもって「自分はこんな人間です」と本人が自身を持って言えるかどうかはわからない。しかし、本人が1つ言いきれることがある。
彼女の記録
WEリーグ通算44試合2得点。初ゴールは2022-23 Yogibo WEリーグ第22節アルビレックス新潟レディース戦。そしてもう1得点は、2023-24 WEリーグ 第18節アルビレックス新潟レディース戦。
「実は新潟キラーなんです」
それは紛れもない事実。
1月18日 皇后杯 JFA 第46回全日本女子サッカー選手権大会 準決勝 アルビレックス新潟レディース戦
坂部幸菜は3試合連続ゴールを決め、「皇后杯決勝に導いた人」になるかもしれない。