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2020.12.01

緑の十八番 柴崎貴広選手編

マッチデイプログラム企画『緑の十八番』

柴崎貴広 選手

文=上岡真里江(フリーライター)

 

日進月歩のサッカー界において、GKのビルドアップ参加はもはや常識になった。フィードの精度や足元の技術において、GKにフィールドプレーヤー並の正確さを求められるようになったのも、ここ1、2年の話ではない。

 

そんな時代のニーズに合わせ、柴崎貴広も懸命にアジャストに努めてきた。しかし、その上で38歳の大ベテランは、GKの基本中の基本でもある「シュートを止める」ことを最重要視している。

 

その一番の理由として「時代がそうさせているところもある」と話すが、その中には彼なりの強いこだわりがある。

「時代がそうさせている」とは、ルール変更も含めた環境やトレンドのことだ。柴崎が小学生の頃は、まだGKがバックパスを手で扱うことが認められていた(現制度は1992年に導入された)。スタイル的にもビルドアップの能力はそこまで求められておらず、GKの優劣はシンプルに「シュートを止める能力」で評価されていた。

 

今振り返ると、「中学生ぐらいから、将来は絶対にGKにも足元の技術が必要になると思っていた」というが、当時の柴崎は先ではなく、目の前の現実を重視した。「まずはシュートを止めなきゃ」。ただただその一心で、日々の練習に明け暮れた。

 

その甲斐あって、気がつけばシュートストップで高い評価を得るようになり、プロ入りへの道が開けた。だからこそ、プロに入ってからも「まずシュートストップ」という価値観だけは、決してブレることはない。

 

2001年に入団し、10年間で5試合の出場に甘んじた日々も、11年目に初勝利を挙げ、初めてレギュラーの座をつかんだ時も、2017年に初の全試合フル出場を果たした時も、そして今も、変わることなくひたすらシュートを受けてきた。

 

もちろん、その20年間でサッカーのトレンドはどんどん移り変わり、ゴールキックから戦術が始まるのが常識にまでなった。

 

一時期、ビルドアップの課題を厳しく指摘され、悩んだこともあったが、それでもやはり最後に立ち返るのは、「取れる範囲のシュートは絶対に取れるように」ということだった。そして「その確率を高めたい」という向上心だ。

 

柴崎いわく、「シュートを止めるのは、GKとして当たり前と言えば当たり前。車で言うところのブレーキみたいなもの。それがしっかりしていないと、車検も通らないし、他のパフォーマンスも上手くできない。ある意味、標準装備だと思う」。

 

標準装備であるということは、言い換えれば絶対に必要だということ。命を守る上で、最も重要とされる“安全性”に特に注力しているのが、柴崎ブランドなのだ。

 

実際、出場すれば必ずと言っていいほどビッグセーブを見せる。それは一見、『偶然』や『ラッキー』に映ることもあるが、試合で自然と出るパフォーマンスの裏には、とてつもない日々の鍛錬が隠されている。

 

自身のセービング力についてその源を尋ねると、「たくさんシュートを受けて、情報を取り入れること」だと明かす。プロに入って20年間、試合に出ていない時間も長かったからこそ、練習時間を長くして、誰よりもシュートを受けてきたという自負がある。

 

その上で、ヴェルディ歴16年のGKならではの恩恵も受けてきた。「GKコーチもですが、チームメイトにすごい選手が多くて、本当に恵まれていました」。

 

マルキーニョス、エジムンド、エムボマ、フッキ、レアンドロといった錚々たるFWが放つワールドクラスのシュートを、日々の練習で毎日、毎日受けることで、おのずとスキルは磨かれていった。その中で培われた情報量は膨大かつ、質も高い。

 

「あえて“情報”と言っているのは、僕がシュートを止めることができているのは、いろいろな情報を入れているから。例えば1対1の場面で、シュートを打たれてから『あっ、右だ』ではもう遅いんです。反応できているのは、たくさん練習してきたことで、『この場面ではこっちだろうな』みたいな予測が出てくるからだと思います。『この角度でトラップして、シュートを打とうとなったらこっち側だな』とか、『DFが守ってくれているから、こっちだな』とか、『ここではシュートは打たないな』とか、逆にそういう場面で急に打ってきたりだとか、そういういろいろなシチュエーションも、練習さえしておけば驚くことはないと思うので。ただ、どれだけ練習でシュートを受けても、試合ではやっぱり違うシュートがくるんです。スカウティングでいろいろな映像を見たりしますが、そのとおりでもない。相手は入れようとして、こっちは止める。そこが本当に面白いんですよね」

 

泥臭く、自らの実体験の中でコツコツ集めた情報を大切にしているのは、「そこまで優れた選手でないことは、自分が一番分かっている」から。器用ではないからこその信条なのだ。

 

一方で、誰よりも長けているものもある。人柄だ。今シーズンはベンチで試合を見守ることが多いが、ハーフタイムが終わり、後半に向かうメンバーがロッカールームから出てくる際、ピッチの入り口で必ずチームメイトをタッチで迎え、声をかけている姿がある。

 

「『何かで力になりたい』というひとつの行動なんだと思います。個人的に人の表情を見るのが好きなので、選手の顔を見て『後半行けそうだな』とか、『ちょっと緩いな』とか、いろいろ感じています。ロッカーで円陣を組むのもいいのですが、最後にちゃんと送り出したい。頑張ってほしいですから」

 

要は、チームが大好きであり、人間が大好きなのだ。

 

実は、武器は何かとの質問で最初に答えたのは、「打たれ強いメンタル」だった。「悪口を言われても、あまり気にならない」とイタズラっぽく笑う。現役時代から親しい間柄だった永井監督から「OB!」などと茶化されても、「イジられなくなったおしまい」とプラスに捉えている。

 

昨今では自身のSNS上でのサポーターからの絡みも少なくないというが、「そういうのも全然気にならない。むしろ、『俺なんかに労力を使ってくれて申し訳ない』と感謝すらしている」という。

 

「変な書き込みをすれば、その人のほうがリスクは大きい時代です。それでも絡んでくるということは、強い気持ちがあるからだと思います。僕に対しては、言いたいことを言ってくれていい。と言うのも、書き込みを読んでいると、だいたいはヴェルディへの強い気持ちからなんです。何度もヴェルディの試合を見てくれているからこその意見。僕らは悪口を言われないようなサッカーをすればいい。お金を出して『DAZN』と契約したり、チケットを買ったりして試合を見てくれている人たちだと思うので、そういう人たちを僕は大事にしないといけないと思う」

 

昨年までサポーターの意見は、練習場で直接顔を見て受け止めてきた。それが、今季はコロナの影響で対話ができないことが、柴崎には残念でならない。

 

今季も残り5試合となった。残念ながら昇格の夢は潰えたが、「どんな状況でも、ヴェルディのために最後まで必死で戦う。そういう気持ちしかない。僕の何かを見て、それを感じ取ってもらえたらいいなぁ」

 

20年のキャリアは伊達ではない。なぜ、ここまで長くプロとして必要とされているのか。決定的なピンチからチームを救うビッグセーブと、いかなる批判も受け入れる広い器が、そのすべての答えなのだ。