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2020.08.08

緑の十八番(オハコ) 若狭大志選手編

マッチデイプログラム企画『緑の十八番』

 

若狭大志 選手

 

文=上岡真里江(フリーライター)

 

世の中には、不思議と誰とでもすぐに仲良くなれる人がいる。若狭大志もそんなタイプの一人だろう。トレードマークの優しそうなタレ目と、大学時代に焼肉レストラン『牛角』のバイトで養った「世代とか分野とか、壁を作らない」話術に、人は出会って間もなく心を許す。若狭自身も「人としゃべると、すぐに良い雰囲気になることが多い」と胸を張る。2018年に加入してすぐに、知人が勤める某メーカーから大量の育毛シャンプーが届いたことがあった。それを若手選手たちにイジられ、一気に打ち解けた。そんなエピソード(『2018年東京ヴェルディ公式イヤーブック』参照)も、彼が醸し出す“絡みやすさ”の象徴のひとつだ。

 

だが、見た目や人当たりの良さだけではない。彼の周囲に人が集まるのには、相応の理由がある。「昔から『自分がされてイヤなことはしない』、『こうしてくれたら助かる、うれしい、と思うようなことをしよう』というのは心がけています」。相手への気遣いが、言葉に、行動ににじみ出ているからこそ、なのである。

 

人間性というのは、プレーにもよく表れる。「プレーで自慢できることなんて、何もないです」と本人は謙遜するが、実はパスの質には人一倍の強いこだわりを持っている。「バウンドや回転など、味方が本当に触るだけでいいようなボールを出すということは、かなり意識しています」。パスを送った相手の特長や得意なボールを把握し、球質や出す位置をコントロールする。まさに、「こうしてくれたら助かる、と思うようなことをしよう」という生活信条そのものだ。

 

両親の教育の賜物だろう。「相手が喜ぶことをしよう」という私生活での精神は、子どもの頃から根づいていたという。一方で、プレー面で気遣いができるようになったのは、大学時代だった。というのも、中学時代は顧問がサッカー未経験の教員、部員も11人集まれば良いというほど「普通の部活」だった。高校も強豪校ではなく、どちらかというと規律や「人としての在り方」が重んじられていたこともあり、しっかりとサッカーを学んだことがなかった。

 

それでも、ポテンシャルを見初められ、懇願されて推薦入学した東洋大学で、初めて戦術や技術など、本格的にサッカーを勉強し始めた。その際に身をもって感じたことが、その後のプレースタイルへの大事な礎となった。

 

 「小中高と、まともに技術練習をしてこなかった分、ボールを扱うのがもともと下手だったんです。例えば、パスをもらうのに、バウンドしているボールとか、ちょっとズレたボールとかをコントロールするのが苦手だったんですよ。今も苦手ですが(笑)。自分が良い質のボールが欲しいから、逆に自分もそういうふうにしようと考えるようになりました」

 

いくら「考えた」とはいえ、確かな技術が伴わなければ、「出したいところ」に「出したい球質」のパスを正確に出すのは不可能だ。初めて学ぶ“本格的なサッカー”を、乾いたスポンジが水を吸い尽くすように、頭から爪先まで体の全部で吸収し、急成長を遂げたからこそ、パスの質を追求できるようになった。

 

プロになってからも、「前線に良い配球をするのが仕事」を念頭に、日々ブラッシュアップを目指してきた。「『右(または左)足につけてくれ』、『真下に欲しい』、『敵がこっちにいるから、こっちにつけたほうがいい』などFWによって要求が違うので、細かいところはまだまだ突き詰めなければ」と、改善の余地を感じている。

 

自身が理想とするのは、「地を這うような、芝の上をサーっと綺麗に進むようなボール」だ。「映像などでは伝わりづらい部分なのですが、そういう球って、出した自分も、もらう側もすごく助かるんです」。試合前のウォーミングアップも、味方に最高のボールを配球するための貴重な情報集取の場となる。「芝の長さ、密度、綺麗に見えてもボコボコということもあります。水で濡れているか、濡れていないでも変わりますし、グラウンドによってボールの動き方が全然違うんです。それによって、球の強弱も変えますし、バウンドしそうなピッチコンデイションの時には、より慎重なパス出しを心掛けます」

 

プロ9年目のDFは「本当に小さなこと」と控えめに話すが、「相手の良さを最大限に引き出せるよう、扱いやすい球を出してあげよう」ということに、自らのサッカー人生を注ぎ込んでいる。それがいかに貴重かは、一緒にプレーしている選手たちが一番感じているはずだ。

 

また、昨年途中に就任した永井秀樹監督との出会いによって、さらに新たな境地を見出しつつある。これまでの各監督からは、ジャンプ力やスピードといった身体能力を買われ、主にセンターバックとして起用されていたが、現指揮官はサイドバックとして重用する。

 

永井監督は目指すサッカーについて、 “サイドアタッカー”(通常のサイドバックにあたる)が点を取ることを大きな特徴のひとつに掲げている。つまり、当該ポジションに配置されている若狭は極めて重要な存在ということだ。当然、そのことは本人も心得ている。「新しいポジションですごく新鮮です。決まりがある中でも、けっこう自由にプレーさせてもらっているので、その分、より頭を使っています。今までこんなに考えてプレーをしたことはなかった」。「頭が疲れて大変ですよー」と軽口を言いつつも、その表情は充実感に溢れている。

 

吉武博文コーチからも、「ゴールとアシストを期待している」と鼓舞され、完全に攻撃モードのスイッチがオンになった。「点を取らなくちゃだし、点に絡まなくちゃいけないので、前線にどんどん顔を出して、たくさんチャンスを作っていきたいなと思います。攻撃するのは嫌いではないので、すごく楽しいですよ」

 

7月24日に31歳の誕生日を迎えた。年齢的にも、9年目というキャリア的にも、プロサッカー選手として円熟期に入り、最も脂の乗っている時期と言ってもいいだろう。その時期に、また新たな天職を授かったことが、「本当に幸せ」だと感謝してやまない。

 

今日もまた「相手が気持ち良く能力を発揮するために」……。そんな若狭の心遣いがあるからこそ、個性派集団はより一層輝きを増すのである。