オフィシャルマッチデイプログラムWeb連動企画(7/6)李栄直
第12回 李栄直
『北朝鮮代表として臨んだアジア競技大会が人生を変えた』
文=上岡真里江(フリーライター)
「早く、『サッカーをやりたい!』という気持ちが復活してほしい」
今年1月、李栄直は失意のどん底にいた。朝鮮民主主義人民共和国代表の中心選手として出場したAFC アジアカップUAE 2019での結果が、あまりにもショックだったからだ。アジアトップレベルと言われているJリーグで100試合以上の経験を積み、「僕の中では“集大成”として挑んだ大会」だった。にも関わらず、3戦全敗で予選敗退。帰国の途につきながら「何をしてきたんだろう?」、「このままで大丈夫なのかな?」と自問自答を繰り返し、気がつけば胸にぽっかりと大きな穴が空いていた。
「申し訳ないですが、正直、新シーズンが始まってからも、最初はモチベーションが上がらない時期もありました」
無理もなかった。李にとって北朝鮮代表は、今の自分を作ってくれたかけがえのない場所なのだから。
初めて代表に招集されたのは、韓国の仁川で行われた2014年アジア競技大会に出場するU-23チームだった。前年に大卒でJ2の徳島ヴォルティスに加入し、2年目にはJ1昇格を果たす。しかしチーム状態はふるわず、個人としても手応えを感じられずにいた。そこへ届いたのがU-23北朝鮮代表の招集レターだった。
「状況的にチームを離れたくなかったのですが、『行って、しっかりと結果を残してこい』と言ってもらった」
そして、李の人生が変わった――。
メンバーはみな、同世代。初招集ながら、合流すると瞬く間にチームメイトと打ち解けた。ピッチ内でも全6試合に出場し、準優勝に大きく貢献した。当時の李は、Jリーグではほとんど結果を残せていない。正直、「通用する自信はそんなになかった」。だが、試合を重ねれば重ねるほど、「やれる」という手応えをつかむことができた。
特に韓国との決勝戦。タレント揃いの相手に対し、「攻撃が守備」をモットーとした積極的な攻めの姿勢が攻守にわたり遺憾なく発揮されると、各国メディアや関係者、さらには韓国側からも賞賛を浴びた。
「(当時所属していた)徳島ではサイドバックで起用されていて、守備一辺倒でした。でも、代表に行くとポジションはボランチで、前からしっかりと身体を張って当てに行ったり、プレスバックして戻ってきたり、攻撃的な守備やセットプレー、前線に上がるかどうかの判断だったり。また、前線に駆け上がった際にはゴールを狙う。少なくともしっかりとシュートで終わらせてボランチに戻ってくるという攻撃面での特長を、本能的に出すことができて。サッカーをしていてすごく楽しかったんです。そういった意味でも、この大会で自分が進むべきプレーヤー像がはっきりと確立されました」
自信は、向上心も掻き立てた。
大会を通じて評価を上げたことで、帰国後の選択肢が激増。徳島との契約延長はもちろん、Jリーグの他クラブ、さらにはアジア、ヨーロッパなど、海外のクラブからのオファーも届いた。しかし、「まずは日本、Jリーグで結果を出すことにこだわりたい」とV・ファーレン長崎への移籍を選んだ。
この選択は間違いではなかった。当時、指揮官だった高木琢也氏はかつては日本代表で活躍した名プレーヤーで、海外サッカーを非常に熱心に勉強していることでも有名だ。アジアを勝ち抜く術、プレー面など、ありとあらゆることを質問、相談。そして、吸収した。
また北朝鮮での試合では、「スタジアムに必ず5万人以上の観客が入りますし、ホームでの負け試合がほとんどない。それは魅力的ではありますが、選手にとってはプレッシャーが掛かっている。引き分けでも視線は冷たいぐらいですから。本当に一つのミスで大きなため息も聞こえるんです。逆に成功した時、結果を出した時の歓声はとてつもなく大きい。その中で、さらにプレーでも魅せようという楽しさやスリルを覚えてしまうと、もう一度その舞台に立ちたくてたまらなくなるんです」。
その中で生き残っていくためには、「もっと上手くなりたい」という気持ち以上に、「結果が出せる選手にならなければいけない」との思いが強くなっていった。リアリストである高木監督が志向するサッカーは、自らが求めていたものと完全に一致していた。
「長崎で経験した財産があったから、ヴェルディにも入ってこられた」
そして、2018年から始まったヴェルディでの日々。特に昨季、ヴェルディを指揮したミゲル アンヘル ロティーナ監督とイバン パランコ サンチアゴ コーチとの出会いによって、ポジショニングの重要性を学べたことは大きな収穫だった。
「ある程度、高木さんから教わっていた中で、自分が伸び悩んでいたところだったので、その奥にある引き出しを教わりました。ヴェルディで、選手としてもうひと皮破れそうだなという気がしています」
今季は、キャプテンマークを巻いての出場も経験している。これまでは、特に代表では「自由人として扱われていた(笑)」そうで、まとめ役は他にいた。だが、今回のアジアカップ惨敗という結果を受け、国全体でのレベルアップの必要性を痛感。その中で、「マネジメントも考えていかないといけない」と思い至った。キャプテンとして、「試合前やハーフタイムにチームメイトに掛ける言葉は、本当に考えるようになりました。それによって、自分にも責任感が増える。周りにもっと気を遣わなければいけないということも考えるようになったので、そこは代表にも生きてくるのかなと思います」。
「ここまでは、折られて折られてナンボのサッカー人生だった」
李はそう、自らのキャリアを振り返る。だが、誇りと使命感だけは誰にも負けない。それはなぜか?
「僕は、日本から北朝鮮代表に入らせてもらっているので、純血なんだけど、『本当にそうなのか?』という気持ちもあって。僕自身、“助っ人”という気持ちでやっています。助っ人だからこそ、常に結果を出さないといけない。プレッシャーもあるけど、今はそれがとても楽しい。まだまだやれる年齢だし、次のワールドカップ予選と2022年のW杯本大会までは絶対に代表でやりたい。僕自身が梁勇基さんや鄭大世さん、安英学さんを見てきたように、今度は自分を見て『サッカーをやりたい』という在日の子が育ってきてほしいと思っています。僕は、在日の人たちの思いも背負っていますし、本国の思いもきちんと背負っています。特殊と言ったら特殊ですが、いい代表人生を歩んでいるなと思っています」
結果が出せる選手へ。代表でも、ヴェルディでも、闘争心剥き出しで徹底的に勝利にこだわっていく。それが、李栄直だ。