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2021.11.25

『YOUTHFUL DAYS』vol.17 井出遥也

『YOUTHFUL DAYS』vol.17 井出遥也

 

プロの厳しい世界で戦う男たちにも若く夢を抱いた若葉の頃があった。緑の戦士たちのルーツを振り返る。

取材・文=上岡真里江

 

一人遊び”で磨いた確かな技術

 

「上手い」「巧い」と評される選手は数多くいるが、それが「見ていてワクワクする」「何かやってくれそう」といった心が躍る選手とイコールかといったら、必ずしもそうとは言い切れない。その中で、井出遥也は両方を兼ね備えた、“目を惹く選手”と言っていいだろう。

 

それは、導かれるように身についていったスキルだった。

 

週末だけ活動するサッカークラブに毎週参加していた幼稚園時代が、ボールを蹴っている最古の記憶だ。とはいえ、まだ本気でサッカーを習う気のなかった井出は、小学校1年性の頃はサッカークラブに所属していない。周りの友だちはみな、少年団に入っている中で、一人放課後は公園で時間を忘れてサッカーボールと戯れた。

 

「ひたすら一人で壁に蹴って、壁から返ってきたボールをトラップするとか、ずっとそういう練習をしていました」

今にして思えば、その“一人遊び”こそが、ボールタッチやトラップなど、その後井出が「面白い」と表現されるゆえんとなる個人技の基礎を養ってくれたと、本人も確信する。

 

友だちからの誘いもあり、小学校2年生に上がったタイミングで『高柳FC』へ所属。その後、東京の足立区に転校し『クリアージュFCロッキー』に移り、本格的にサッカーキャリアがスタートした。「クリアージュでは、技術的なトレーニングが多かった」ため、それまで個人で培ってきた技術を、よりスキルアップできた。その卓越した技術は次第に注目を集めるようになり、気がつくと東京都トレセンなど選抜チームの常連選手になっていた。

 

中学からは、仲の良かった友だちの姉が所属していたことをきっかけに、ジェフユナイテッド市原・千葉アカデミーに通ったが、ここでの指導者との出会いこそが、井出のプレースタイルの原点といっても過言ではない。

 

「ジュニアユースに入ってからも、アルゼンチンに行っていた荒川友康監督(当時)から、南米の“技術を大事するサッカー”を学べたことは大きかったですし、ユースに上がって菅澤大我監督に教わるようになって、それまでは感覚でやっていたものを、自分の技術をどう戦術的に使うべきか。“サッカー”というものを教えてもらいました」

 

小・中・高校「どの年代が抜けても、今の自分はなかった」。いずれの監督、コーチも、「僕の良さを引き出すサッカーをしてくれた。本当に環境に恵まれていた」と、心の底から感謝している。だが、逆に言えば、井出がそうした魅力ある指導者の求めるテクニックとポテンシャルの持ち主だったからこそ、その教えをさらに自らの血肉にしていけたに違いない。

 

その証拠に、質の高い練習が大好きだった。中でも楽しかったのが、「相手を外す」「騙す」練習だった。それは、今でも井出が常に口にする「違いを作る」に通じるが、ゴール、アシストとはまた違った部分でのサッカーの楽しさを味わえるからだ。各年代で、常に「相手の逆を取れ」と言われ続けてきたが、特に衝撃を受けたのが、菅澤監督(当時)の練習だったという。例えば、「ネイマールのフェイントの練習が、チームの練習メニューに入っていたりした」。これはほんの一例だが、「より具体的に、“相手を外す”とはどういうことか。それをするためにはこういう練習法があるんだなと勉強になった」という。今でも、そうした練習メニューの一つひとつを記憶し、時には個人練習でも取り入れている。

 

自分が楽しむことが見る人の楽しさにもつながる

 

もう一つ、自身が「面白い選手」と評される要因として、「サッカーが好き」という感情を挙げる。「僕は小・中・高、ずっとサッカーをやってきて、とにかく毎日早く練習したかった。早くグラウンドに行って、最後まで練習してと、常に『サッカーをしたい』という思いだけで日常を過ごしていた。それはプロに入っても変わらないです」

ただ、プロに入ってからは、決して順風満帆ではなかった。ジェフのアカデミーからトップ昇格を果たしたものの、フィジカル面とサッカースタイルの差に翻弄された。2017年には日本代表選手が何人も在籍していたガンバ大阪へ移籍し、J1の中でもトップ戦力の中で実力差を痛感せざるを得なかった。そうした挫折を経験したうえで、それでも今なおサッカーが大好きだ。

 

今もそう思えるのは、2020年にプロに入って初めて「自分の特長に合ったサッカースタイル」をする東京ヴェルディに加入したことが大きい。加入して2年、「見ていて面白い」と周囲から言われることが増えた。「常に自分が『面白い』『早くサッカーがやりたい』という思いがあるからこそ、周りから『面白い選手』と思ってもらえるようなプレーができるんだなぁ」と、改めて心の底から感じている。

 

充実感を感じる一方で、少しの後悔もある。トップ昇格時に痛感した、フィジカル面への意識の低さだ。「もしも『もっとやっておけばよかった』と思うことがあるとすれば、アカデミーの頃からの体作りです。僕の場合は、ユースの途中ぐらいから少しずつ意識するようになりましたが、もっと早く食事や睡眠、体の軸を作るための体幹トレーニングやコンディショニングの部分をしっかりとやっておきたかったです。そうすれば、トップに上がった時に、スピードとかでは負けるかもしれないですが、体の軸さえできていれば、もっと技術を生かすプレーはできたはずです」。だからこそ、育成年代のサッカー少年・少女たちには、ぜひ早くから体の軸を作るトレーニングに取り組んでほしいと切に願う。

 

「自分が子どもの頃は誰よりも練習していたし、練習がない日でも一人で練習して、とにかくボールを触っている時間は誰よりも長かったと思う。その時間は、絶対に技術につながると思うので、子どもたちには自分が楽しいと思っていることに対して、惜しまず時間を費やしてほしい」

 

ただ上手いだけではない。「見ていて面白い」と思える選手は、何よりも自分自身がプレーを楽しんでいるのだと教えてくれる。ケガのため、現在は懸命にリハビリを続けているが、復帰へ向け一人黙々と走るその姿は、やはりどこか人目を引く。

 

「後半戦のゲームになかなか関われなくて、すごく悔しい気持ちですが、まずはしっかり治して、今シーズン中にまたプレーできるところを見せたいと思います」

遊び心たっぷり。再び井出遥也のプレーに魅了される日が待ち遠しい。