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2021.11.25

『YOUTHFUL DAYS』vol.12 山口竜弥

『YOUTHFUL DAYS』vol.12 山口竜弥

プロの厳しい世界で戦う男たちにも若く夢を抱いた若葉の頃があった。緑の戦士たちのルーツを振り返る。

取材・文=上岡真里江

 

「考えること、工夫すること」ができる少年

 

サッカー界に限らず、どの世界でも言えることだが、成功する人には「自分で考える」、「工夫する」という共通点がある。困難にぶつかった時、その原因は何か、乗り越えるためにはどうすればいいのかを考え、なりたい自分、理想の自分を手に入れるために何が必要か、必要なものを補う手段は何かを考える。こうした自問自答や成功と失敗の積み重ねによって、人間として、また選手としての器の大きさ、引き出しの数を増やしていく。山口竜弥も、自問自答と研究・工夫によってここまでの道を切り開いてきた。

 

子どもの頃は後悔が後を絶たないような、無鉄砲な少年だった。クラスでは目立つタイプ。友だちとワイワイ騒ぐのが大好きで、時にはしゃぎすぎて、先生に怒られたことも一度や二度ではなかった。今でも決して忘れられない大後悔がある。小学2年生の時だ。通っていた英語教室の体験学習として、2週間ハワイに行った時に事件は起こった。人生初のハワイ。やんちゃ坊主のテンションが上がらないわけがない。本場の英語はもちろん、見るもの、聞くもの、感じるもの、すべてが新鮮で刺激的で、この2週間を全力で楽しめる喜びで頭も胸もいっぱいだった。初日、最初のイベントは、常夏の島にして『アイススケート』。しかし、ここに悲劇が待っていた。

 

「楽しくてはしゃぎすぎて、思い切り滑っていたら、転んじゃってというか、事故にあったみたいに壁にバーンとぶつかって……気がついたら膝が血まみれになっていました。助けを呼ぼうにも英語が喋れないので誰も呼べなくて、30〜40分一人で泣き続けていました。その後、病院に行ったら『1カ月ぐらい運動などはできません』と言われて……」。何よりショックだったのは「海には入れますか?」と医者に聞いたら、「もちろんダメ」と言われたこと。「せっかく海に入りに来たのに、その後2週間全く何もできず、ただただホテルから景色を見るだけで終わりました」。ハワイに行きながら、氷上で大ケガという不運。南国らしい思い出は皆無で、今でも“ハワイ”を思い出すたびに「なんで俺はあんなことをやってしまったんだろう」と、激しい後悔とトラウマで胸が痛む。

そんな竜弥少年は、小忙しい小学生だった。保育園でボールを蹴る楽しさを覚え、小学校入学とともにその学校のサッカークラブに加入した。余談だが、当時の七夕の短冊に『K-1選手になりたい』と書くほどのK-1好きだったが、習う環境がなかったためサッカーを選んだという。「今にして思うと、当時の自分に『サッカー選手を選んでくれてありがとう』と言いたい」と、山口は幼い頃の自分に感謝している。

 

話を戻そう。サッカー教室に通うとともに、前述の英語教室、水泳、習字、硬筆、さらに学習塾と、毎日習いごとでスケジュールは埋まっていた。だが、小学生と言えば友だちと遊びたくてたまらない年頃だ。「だから、いかにその隙を見つけて友だちと遊ぶかに全精力を費やしていました」。つまり、どうすれば自分の欲望を満たせるのかを、日々全力で考え、工夫していたということだ。

 

習いごとの中でも、サッカーだけは特別に楽しかった。人数が足りず、小学6年生の時には4、5年生から選手を借りて試合に出るような小さなチームだったが、ボランチとしてパスを出したり、ドリブルで仕掛けたり、自分でシュートを打ったり、「今では考えられない、ファンタジスタ系」(山口)のプレースタイルで活躍した。決して突出した存在ではなかったが、仲間たちと助け合って戦うサッカーが大好きになった。

中学校に上がると、迷わずにクラブチームに入った。地元・神奈川県がホームタウンの川崎フロンターレ、横浜F・マリノスの育成組織のセレクションを受けたが、いずれも「一次で落とされた」ため、『大豆戸FC』に加入することになった。そこでは、今現在も関係が続く素晴らしい友人、指導者に恵まれた。全国大会に出るほどのチームではなかったが、県内では強豪の一角だったため、各大会でJリーグの育成組織や強豪チームと対戦することも多かった。「全国クラスの強いチーム、上手い選手のレベルを肌で感じて、初めて“プロ”というものに対する意識が芽生えました」。目指すものは、おのずと固まっていった。

 

プロを目指すために身につけた武器

 

「プロになりたい」。最初はぼんやりだったとはいえ、そう思った瞬間から「じゃあ、どうしたらいいんだろう?」と考え始めた。サッカー進学に必要だと言われ、中学2年生から学校の部活で『英語部』に加入した。

 

高校進学時には、全国有数の強豪校を含むいくつかの学校からオファーをもらったが、“直感”で東海大相模高校を選んだ。

 

「あの当時、相模自体は全然強くなくて、地区予選で負けるようなチームでした。でも、高校の監督から『絶対にプロにする』と言われて、『言ったね? じゃあ、絶対にプロにしてください!』という思いで選びました。ここでなら自由にやれそうだし、何より自分が伸びそうだなとも思っていました」

 

しかし、実際に入ると決して甘いものではなかった。チームはなかなか勝てない。さらに、“部活動”ならではの厳しい規律や上下関係に反発し、同期の仲間や上級生と喧嘩をしてチームに迷惑をかけたこともあった。「俺、なんでこんなところに来ちゃったんだろう」と思うことも少なくなかったという。だが、それ以上に、「このチームメイトや仲間とサッカーをするのが楽しい」という思いのほうがはるかに強く、だからこそ「チームメイトや目の前の相手に絶対に負けたくない」と毎日必死に練習に励んだ。

 

特に力を入れたのが、「足を速くすること」だった。今でこそスピードは山口の大きな長所となっているが、「昔は本当に足が遅かった」と苦笑いする。「サッカーでも、見ていてかっこいいのは足が速い人だし、女子がキャーキャー言うのも足が速い人でしょ(笑)? だったら、足が速くなればいいじゃん、と自分の中で思って、そこからもう速く走るためにめちゃくちゃ努力しました。誰よりも努力した自信があります」

 

まず、陸上の情報サイトで『短距離で速く走る方法』を徹底的に調べた。そこで紹介されている方法を、片っ端から試しまくり、自分に一番合った方法を探った。そうしてたどり着いたのが、「坂道ダッシュとジャンプトレーニング」だ。

 

「僕なりの理論ですが、地面からの反発を多くもらえばもらうほど、足は速くなるのかなと。それと、一連の動作を「走る」ではなく、一個一個のジャンプによって成り立っていると考えたんです。ジャンプというのは、ゼロの状態から100までパワーを生み出す、一番の爆発的な動作だと思うので、まずボックスジャンプなどでそこを鍛えて、瞬発力を高めました」

 

「坂道ダッシュは、上るだけならみんなやると思うんですけど、実は下るのがすごく大事で。上りは、もちろん脚力や心肺機能(体力)が上がりますが、下る時というのは、自分が思っていなくてもスピードが上がりますよね。同時に、足の回転数も上がります。それを体に覚え込ませることがすごく大事だと思ったので、自分は坂を思いっきり全速力で下るというトレーニングをやっていました」

 

高校2年生の夏前からそのトレーニングを始めると、たちまち成果が表れた。約1年間、毎日続け、20〜30メートルの坂道ダッシュのタイムは1秒近くも縮まったという。さらに、「1対1の時に使う瞬発力であったり、一瞬の爆発的な動きであったりは、強度とパワーが段違いに上がったと実感しました」

 

その結果、守備力が上がり、攻撃面でもプレーの幅が広がったことで、高校2年生まで地区選抜さえ落選していた山口の評価は一変。1年後、気がつくとガンバ大阪に入団するほどの選手になっていた。まさに『プロ』という目標のために何をすべきかの答えを自ら探し、方法を研究し、努力した賜物と言える。「こんな僕でもできたんです。何かひとつのことだけを徹底的に突き詰めると、それだけ人生が変わるんだよということは、多くの人に伝えたいですね」

ただ、プロに入ったからといって、そこで終わりではない。自問自答の旅は、ヴェルディに来てからも、そしてこれからも絶えず続いていくだろう。その中で、固い信念がある。2018年から昨年まで3年間在籍したG大阪で痛感した教訓だ。

 

「僕は、サッカーは9割がメンタル勝負だと思っています。技術のある人、スピードがある人はいくらでもいますが、それを発揮できる人間というのは、本当にひと握り。つまり、サッカーの上手さよりも、自分の持っている力を最大限ピッチで発揮できる能力がどれだけあるかがすごく重要だと思っています。G大阪U-23にいた時に、何人もの選手が海外に移籍して行きました。そういう選手と自分との差は何か? そう考えた時に、『人としての強さ』だということをすごく感じました。やはり、一流と言われる選手はみな、一つひとつのプレーに覚悟を持っているんです。だから、自分がミスをしても後悔しないし、しょげることはない。自分で『やる!』と決めてやっているので、プレーに迷いがないんです。それに気づいてからは、僕も『一つひとつのプレーに覚悟を持つ』をモットーにやっています」

 

徐々に先発で起用される機会が増え、チームへの貢献度も増してきた。「誰よりも負けず嫌いなので、『ヴェルディを勝たせたい』という気持ちは誰よりも強い。その気持ちの部分、人間としての強さを、ぜひサポーターの方々に見ていただきたいと思います」

強い覚悟と闘争心を胸に戦う姿は、必ずや見る者の心を惹きつけるだろう。