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2020.10.21

緑の十八番 大久保嘉人選手編

マッチデイプログラム企画『緑の十八番』

 

大久保嘉人 選手

 

文=上岡真里江(フリーライター)

 

J1最多得点記録保持者であり、J1、J2合わせて203ゴールと、誰よりも得点を量産してきた大久保嘉人を『ストライカー』と評する者は多い。サッカーファンに限らず、一般的にもそうしたイメージが強くあるが、本人はそれを自覚しながらもきっぱりと否定する。

 

「俺はストライカーではない」

 

なぜなら、自分が思うストライカー像とは、あまりにプレースタイルがかけ離れている。「ポストプレーをしてとか、ヘディングが強くてとか、ストライカーにはそういう選手が多いのかなと」。だが、自分は全く違う。むしろ、真逆とも言えるスタイルだ。

「自分がパスを出しながら、作りながら、ゴール前に入って行って点を取る。今までのゴールもそういう形ばっかりでした」。パスセンスに長け、チャンスメイクができ、背後に抜け出せてシュートセンスも抜群。ミドルも決められる、いわば“何でも屋”。ゴール数の多さだけを見て、得点に特化したプレーヤーだとイメージされがちだが、決してそこだけに終わらない。引き出しが多く、なおかつ、そうした自身のプレースタイルに揺るぎない信念を持っている。

 

パス、ドリブルを織り交ぜながらシュートまで持ち込み、面白いようにゴールを奪っていくスタイルは、インターハイと選手権で大会得点王に輝いて注目を集めた国見高校時代から変わっていない。だが、それを本格的に武器だと意識したのは、プロに入ってからだという。

 

当時のプロの世界には、大久保の目から見て、自分のようにパスを出せて、ゲームを作りながらゴールを奪う選手があまりいなかった。だからこそ、「そういう選手になろう」と考え、手本としたのが、当時の日本代表MF森島寛晃氏(現セレッソ大阪社長)だった。「生で見て、全部盗んでやろう」。それが、セレッソ大阪入りを決める大きな要因の一つでもあった。

 

ただ、実際にプロに入ると、キャラクターのせいか、ミスをするたびに先輩や監督に徹底的に怒られた。自分がやりたいプレー云々の前に、まずは試合に出ようと監督や先輩に求められたことをしようとしたが、それは自分が得意としているプレーではない。そこでミスが多くなり、また怒られるという悪循環のループ。普通の選手であれば、ここで萎縮してしまいそうだが、そうならないのが“大久保嘉人”の真骨頂だ。

 

「上に言われたからといって、人に言われたプレーで評価されて、クビにされたくはない。自分が思ったとおりのプレーでミスして、それを評価される分には後悔はないと思ったんです」

 

「もういいや!」と完全に開き直ると、18歳のルーキーはこれまで従っていた先輩からの「ヘイ! 出せ!」という声に対して、「俺一人で抜けるから。俺がシュート打つから、シュート打つ時は黙れ!」と一蹴。そこで人生が変わった。

 

大きなことを言った以上は、結果で納得させるしかない。FW起用されていたため、なおさら『ゴール』という目に見える形でしか評価されないと腹を括った。そして実際に、点を決めるようになっていくと、周囲からの反感は消え、逆に「周りが自分のタイミングに合わせてくれる」ようになった。

 

2年目の2002年、第3節の湘南ベルマーレ戦で2ゴールを決めたことで、チームメイトからの信頼を完全に勝ち取り、同時に「俺、やれるわ」という確信を手に入れた。そして、そこからゴールハンターとしての人生が始まる。

 

18歳、19歳時点で、30代半ばの大先輩たちに向かって「黙ってろ!」と言えるのは、自身のプレーに相当な自信があるからこそ。だが、大久保はあっさりとそれを否定する。「全然上手くなかったし、自信もなかった。ただ、“勇気”だけはありました。勇気は絶対に必要。『これをやったら怒られるんじゃないかな』という思いは一切捨てて、『俺に任せろ』って強がる。取材とかでもそうですが、強がることで、自分にプレッシャーを与えているんです」

 

この“勇気”こそが、二度のワールドカップ出場、さらには夢であったスペイン、ドイツへの海外移籍など、『世界』と渡り合うための最大の資質だったと言えるのかもしれない。

 

ただ、それに伴う結果がなければ、ただの『ビッグマウス』に過ぎない。大久保の非凡さは、その勇気をきっちりと成績で証明する実力を兼ね備えているところにある。それは、決して天賦の才ではなく、努力によって培われたものだ。

 

「いいから出せよ!」、「なんで俺が見えてないんだよ!」。相手に厳しく要求する以上、自らもきっちりと結果を出さなければいけない。そのために、シュート練習だけは徹底的に時間を費やしてきた。大久保いわく、「シュート練習への考え方は人それぞれ」だという。

 

「すごく良いシュートが入ったら、『今の良い感じのまま終わりたい』という人もいるけれど、俺の中では『良いシュートは入ったけど、たまたまかもしれない』と思ってしまうんです。だから、自分の気が済むまで何本でも打ち込まないと。それでやっと感覚をつかむんだけど、次の日にはもう忘れてしまっている。だからこそ、シュート練習はどれだけ量をこなすかが自分の中ではポイントになっています」

 

その思いは練習だけにとどまらない。

 

「試合でシュートが入れば、それが自信になっていくことは確かです。でも、その自信も、次の週の試合の時には忘れている。だからこそ、打ち続けないと気が済まないんです」

 

ここまでキャリア通算242得点。その1点1点すべてが、こうした「感覚が失われないように」という、ある意味での“危機感”、そして結果が求められるプロとしての責任感の結晶なのだ。あらためて敬意の念を抱かずにはいられない。

 

ゴールにこだわってきたからこそ、大切にしていることがある。それは「確実性」だ。もちろん、「自分が点を取りたい」という思いは強いほうだが、例えば「GKを抜いて、角度がないのに打っちゃう選手は、自分のことしか考えてなくて、俺はあんまり好きではないです」という。

 

その言葉を証明したのが、今季第26節の愛媛戦だった。3−0と大差がついていた中、愛媛陣内で相手選手のクリアボールを拾った背番号13は、ドリブルでGKを引きつけると同時に、相手DFひとりが寄って来たところで、フリーでゴール前に入ってきた佐藤優平へのパスを選択した。自身が打っても決められたであろうシチュエーションにもかかわらず、より確実な味方に1点を譲った。

 

このプレーを永井秀樹監督は、「確実にゴールを奪えるプレーを選択できる余裕、落ち着き。あらためて大久保嘉人という選手のすごさ、素晴らしさを感じた」と絶賛。後輩の藤田譲瑠チマも、「自分でゴールを決められるシーンでも、優平さんに点を取らせているのを見て、確実性を選んでいるなと感じました。自分もそれについて行きたい」と、その背中から多くを学んでいる。

 

シュート力に加え、「俯瞰力」も圧巻だ。プロサッカー選手なら誰もが向上を求めている部分のひとつだが、大久保には若い頃からそれが備わっていたという。「いろいろなところを見て、それを上から見た画として頭の中にイメージとして残す。で、ボールが来る前に、『ここでボールを受けたら、多分DFはちょっと中に入ってくるから、アイツがフリーになるな』など、何個かイメージしています」。だからこそ、絶妙なタイミングでの背後への抜け出し、GKとの1対1を制してのシュート、股抜きやヒールパスなど、豊かな発想が生まれるのだ。

 

「俯瞰力」は養うことが非常に難しいと言われているが、大久保はその秘訣に『ウイニングイレブン』(サッカーゲーム)を挙げる。「小さい頃は、毎日、毎日、海や山で遊んでたけど、ゲームもめちゃくちゃやった。俯瞰力という意味では、ウイイレは本当に役に立っていると思う」。

 

丈夫で野性的な体も、俯瞰力も、すべて子どもの頃、思い切り遊んだことにルーツがあるようだ。

 

プロキャリア20年目の今年、縁があって東京ヴェルディにたどり着いた。そこには、キャリアの中でもっとも充実した日々を送った川崎フロンターレ時代にも匹敵するほどの、魅力的なサッカーが待っていた。

 

「今、ボールを持つサッカーをするチームが本当に少ない中、ヴェルディの選手、特に若い選手はこのサッカーができる幸せをもっと感じるべき。他のチームに行ったら、ただただ走って、ディフェンスをしてというサッカーばかりだというのは、これまでのキャリアを通して身にしみて分かっています。おそらく、今ヴェルディにいる選手で、そのサッカーができる選手はいないと思う。だったら、ここでどう楽しんで、どう自分を成長させるかが本当に大事だと思う。俺も若い時からこういうサッカーがしたかった。めちゃくちゃ羨ましい」

 

川崎時代の成功体験も、似たスタイルの今のヴェルディにいるからこそ、より深く伝えられると確信している。そこでもっとも伝えたいのは、「中を攻めること、中を見せる大事さ」だ。

 

「フロンターレで成功できたのは、俺を含め、一番前にいる選手をまず見てくれたから。そこに当てて後ろの選手がサポートしたり、飛び出したりということを繰り返していたことで結果につながった。それをやれば、もっと楽しいし、もっと簡単に点が取れるし、もっと強くなる」

 

その鍵となるのは、当時川崎を率いていた風間八宏氏に言われた『フリーの定義』だと力説する。「DFとの距離が、腕を伸ばしてギリギリ触れるぐらいであれば、俺の中ではもうフリーなんですよ。でも、それを見た他の選手はフリーじゃないと思うから、出せない。フロンターレも最初はそうでした。でも、それを恐れずチャレンジすることで、ゴールまでつながる。そこで『できる』とみんなの頭の中のスイッチが切り替わって、どんどんそれをするようになって、みんなが躍動するようになっていった。ヴェルディの選手たちにも、ぜひ同じ経験をしてほしい。今はまだ、危険なパスを出せと言っても、どうしてもリスクを恐れてサイドに出してしまい、サイドからセンタリングという形の繰り返し。それだと、今までと結局一緒。俺が中に来た意味がないですよね。まず、真ん中を見せておくからこそ、サイドが生きてくる。それをどんどん伝えていって、サイドからも来る、真ん中からも来る、ミドルも来る、さらに、セットプレーからも来るとなれば、もう本当に止めどころがない。そういうチームにしたいんです」

 

“大久保嘉人”が中央にいるメリットを生かし切れるか。永井サッカーの完成の大きな決め手となるかもしれない。

 

「永井さんが本当に良いサッカーを作ってくれているので、俺の求めていることを本当の意味でみんなが理解できるようになれば、マジでヴェルディは相当強くなると思いますよ」

 

奇跡的に巡り合えた理想のサッカーの中で、自らの経験を後続に伝えたいという渇望が、初めて本格的に芽生えた。東京ヴェルディの歴史に新たな1ページを作っている中で、自身もまた「もう1回、点を取り続けるあの感覚を味わいたいという思いはあります」

 

“東京ヴェルディの大久保嘉人”として、ぜひとも自身が持つJ1最多得点記録を更新してほしい。