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2019.05.11

オフィシャルマッチデイプログラムWeb連動企画(5/11)端戸仁

第8回  端戸仁

 

 

『一目置かれていた少年が目覚めた17歳の夜』

 

文=上岡真里江(フリーライター)

 

パッと見、ぶっきらぼうな印象を受ける。

 

自ら自虐気味に「俺、ちゃらんぽらんなんで~」と笑って見せたりもする。だが、その胸の内は、人一倍チームへの献身、サポーターへの想いで満ちあふれている。

 

「いい経験も、いろいろな挫折もあった」。今年で11年目を迎えるプロキャリアの経験一つひとつが、端戸仁を大人に変えてくれた。だからこそ、28歳のFWは今でもプロ入りを決めた瞬間を、人生の最もかけがえのない出来事として鮮明に記憶している。

 

「高校1年生の時に参加したアジアユース(AFC U-17選手権2006)が僕の中では1番のターニングポイント。それまでは、そんなに『プロになりたい』とは思っていなくて。それが、あの大会で優勝して初めてうれし涙が出たんです。そこから『プロになれば、こういう喜びをもっと味わえるのかな』と思ったのがきっかけでした」

 

小学生から横浜市選抜、関東ナショナルトレセンに選ばれ、周囲から一目置かれていた少年は、クラブからの誘いで横浜F・マリノスジュニアユースに籍を置いた。

 

言わずもがな、オリジナル10のJ1名門クラブの育成組織である。いわば、プロへの最短コースのレールに乗ったとも言える。しかし、「プロは意識していなかったですね」。彼はただ、よりレベルの高い環境でサッカーがやりたい一心だった。

 

環境は人を育てる。

 

同じようにポテンシャルを見出され、選りすぐられた同世代の選手たちの中で、その才能はどんどん磨かれていった。中でも大きかったのが、齋藤学の存在だった。

 

「あいつは本当にエリートで、すごいなと思っていました。俺は、ずっと学を追い掛けてやってきた。『学に負けないように』、『なんとか追い付けるように』と。その気持ちがあったからプロになれたんだと思います」

 

小学生の頃の横浜市選抜時代から、常にチームメイトとして一緒に戦い、切磋琢磨しながら育ってきた唯一無二の盟友。ともにジュニアユース、ユースへと昇格し、アジアユースで経験した人生初の感涙の瞬間にも、同じシンガポールのピッチにいた。

 

大会後、日本に戻ると、パフォーマンスが一変した。

 

「当時、3年生にはアーリアくん(長谷川アーリアジャスール)や森谷賢太郎くんなどタレントがそろっていてすごく強かった。その中で高校1年生の時から試合に出させてもらっていたのですが、正直、ビクビクしていたところもあって、あまりいいプレーができていなくて……。でも、アジアユースから帰って来たら、すごく自分のプレーが出せるようになって、点が取れるようになったことで、自信を持ってプレーできるようになった。それで、3年生からも認められたと感じました」

 

2年後、念願のトップ昇格を果たした。

 

しかし、プロになってからの3シーズンはほとんど試合に出ることができなかった。「一度は外に出ないとダメだな」と、ギラヴァンツ北九州へ期限付き移籍。「ボールを大事につないでゴールを目指す」という、しっかりとしたコンセプトを持つ三浦泰年監督(当時)のサッカーが、自身のプレースタイルとうまく合致した。39試合14得点は、いずれもキャリアハイの数字である。

 

「あの1年がなかったら、今もプロでやれているのかどうか分からない。俺は、連続して試合に出ることで、ゲームのリズムをつかんでいくタイプ。北九州で悪い時も辛抱して使い続けてもらったことはすごく大きかったです」

 

武者修行を終えて横浜FMに戻ったが、2013年のチームは「めちゃくちゃ強くて、どこか馴染めないというか、難しかった」。その中でも15試合に出場し、J1リーグ2位と天皇杯優勝に大きく貢献。「円陣を組んだ時に、『一人ひとり頑張りましょう』みたいな感じでやって、ずっと勝っていた。負ける気がしなかった」。横浜FMで優勝を経験することはできなかったが、優勝に突き進むチームの雰囲気やメンタルを身をもって経験できた。

 

2016シーズンからは「衝撃を受けたチーム」と語る湘南ベルマーレでキャリアを積んだ。「おそらく最初の1年で、マリノスにいた6年間よりも密度の濃い時間を過ごせたと思う」。練習量、セットプレーの緊張感などは想像をはるかに超える厳しさだったが、サッカーをやる上で、最も大切なことを学んだ。それは、「チームのためにやる大事さ」だった。

 

「自分にスポットライトが当たらなくても、例えばベンチに座っているだけでも、味方の活躍や得点を喜ぶことってすごく大事なことだと思うんです。誰かが点を決めた後に、ベンチからバーっとピッチに出て行って、みんなでそのゴールを喜び合えるチームは強い。湘南の選手は、本当に自分が試合に出ていなくてもみんなで喜んでいました。

 

守備面でも、たとえ評価に直接繋がらなくても、思い切り相手に体を寄せてプレッシャーを掛けて、後ろの選手に取ってもらうことがすごく大事。自分を押し殺してでもチームのために動くことが、結果的に自分に返ってくると思っています。そういうことを、もっとヴェルディの若い選手に分かってもらえたら、このチームは絶対に強くなる」

 

トップ昇格を果たした際、齋藤学と「プロで10年頑張ろうぜ」と誓い合い、昨年、その約束を果たした。だが、「10年で123試合しか出ていないし、満足感は全くない」と唇を噛む。

 

新天地で迎えた11年目、「何かもう一つインパクトをこのヴェルディで残したい。自分の成績も大事だけど、とにかくチームとして勝つということが何よりの喜び。ファン・サポーターと一緒に、もっともっと勝つ喜びを味わいたいと思います」。

 

人のためにプレーすることの喜びを知った時、同時に、ファン・サポーターの存在の大きさを改めて思い知らされた。

 

「ファン・サポーターがいてくれないと、僕らもサッカー選手として生活できない。休みの日なのに、みんな遠いアウェーの地まで来てくれる。その“無償の愛”とも言える想いに、僕らは感謝しなくてはいけない。そのためにもチームを勝たせられる選手になりたいし、このチームでJ1に行きたい」

 

前線で体を張り、精力的に走り回る。その泥臭さに、「チームのため、人のため」という想いが表れているからこそ、端戸仁のプレーは人々を惹きつける。