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2024.05.05

『J1初ゴールに表れた、松橋優安のサッカー人生。』

Player's Column

J1初ゴールには、松橋優安のプロサッカーキャリアのすべてが詰まっていた。

2024年5月3日第11節サガン鳥栖戦。後半25分からピッチに入ると、アディショナルタイム7分だった。GKマテウスからのロングキックを綱島悠斗が収めたボールをさらい、相手DF2人の間から一気にペナルティエリア内を攻めこみ、右足つま先でシュート。GKに当たり勢いは弱まったが、ボールは転々とゴールに吸い込まれていった。それはまさに、どんなに苦境に立たされようとも決して諦めず、最後の最後まで可能性を信じて挑み続けている、松橋の姿勢そのものだった。

 

2年半の武者修行は、決して容易いものではなかった。

小学5年生のジュニア時代から東京ヴェルディのアカデミーで育った松橋は、ヴェルディユースで背番号『10』を背負い、2020年にトップチーム昇格を果たした。1年目から18試合に出場はしたものの、途中出場やラスト数分のみの起用が多く、「このままでいいのか」との自問自答の日々がずっと続いていたという。

2シーズン目も状況は変わらずにいたところに、その夏、SC相模原から獲得のオファーが届いた。

 

「最初、(東京Vの)外へ出る時は本当に悩みました。小5から育ったクラブ。ここは本当に居心地がいいですし、離れることに抵抗がありましたね」

 

それでも、一人のプロサッカー選手として『試合に出ること』を最重要視し、東京Vから離れることを決断した。

実家が厚木ということもあり、これまで通り生活環境を変えずに通える相模原では、すぐにサッカーに専念できた。

 

「ヴェルディを出てから最初の半年間は、呼んでいただいたこともあって、ずっと試合に絡ませてもらいましたし、Jリーグ初ゴールも決めることができました。最終的にJ3に降格させてしまったのですが、その半年間で改めて、『いくら若くても、サッカー選手としての価値は試合に出て、ピッチでプレーすることだな』ということを感じさせられました」

 

だからこそ、J3へとカテゴリーを下げてしまったが、もう1年、期限付き移籍の延長を選んだ。だが、監督解任なども重なり、メンバー外の時期が約2ヶ月ほど続いてしまう。それでも、最終的にはしっかりとポジションを奪い返した姿勢が評価されたのだろう。2023シーズンはレノファ山口FCで再びJ2の舞台を戦うこととなった。

 

山口での日々は、プレー面はもちろんだが、それ以上に人間として、社会人としての学びが非常に大きかったという。まず、初めての一人暮らしが始まった。

 

「親のありがたさや、『自立』ということの意味を本当に学ばせてもらいました。

それと同時に、最初の方はずっと試合に絡めていたのですが、途中から全く絡めなくなってしまって。 正直、“腐る”まではいかないですが、『どうせ出られないからいいだろう』みたいな気持ちになってしまった部分も少しありました。でも、そんな状況の中でも、同じように試合に出られていない先輩たちの取り組む姿などを見て、いつの間にか自分自身ももう1回変わり始めることができて。それで、最後、ホーム最終戦で、途中からですが、久々に試合に出させてもらったんです。時に、どうしてもすぐに報われない努力があることも確かです。でも、やり続けてさえいれば、必ずチャンスが来る。努力は報われる。ということを改めて感じることができました。本当に、山口では試合にかかわれない時間はかなり長かったですが、そのことを実感できたことは、今の自分にとってものすごくプラスになっていると思います」

 

そして今季、2年半ぶりに東京Vへの復帰が決まった。「ヴェルディで育った以上、このクラブでピッチに立って活躍したいという思いは、ずっと心の奥にはありました」との喜びの一方で、自分のいない間にJ1昇格を果たしたチーム。さらに、J1残留以上を目指し選手補強を進めている中でポジションを掴まければいけない厳しい立場であることも重々理解していた。それでも、復帰が決まった以上は腹を括った。

 

「期限付き移籍先でもなかなか試合に絡めなかったので、非常に厳しい立ち位置であるということは自分でもわかっていました。その厳しい状況から始まった中で、自分自身『腐ったら終わりだ』と思っていましたし、本当に失うものも恐れるものも何もなかったので、とにかく『絶対にここから這い上がる』と覚悟を決めてシーズンインできたことが、逆に、今となってはすごくプラスになったなと思っています。始動日から、今も本当に毎日サッカーのことを考えていますし、一日の練習の中で自分が100%の力を出すためにはどういった準備が必要なのかなどを考えて取り組んでこられていることが、結果として今の状況につながっていると思っています」

 

松橋といえば、常に攻撃の中心的存在として起用されてきたが、今年の沖縄キャンプでは、本来のポジションとは違うサイドバックに置かれ、足りないポジションを補う形でプレーする姿が見られることもあった。そこに、当時の“現在地”がはっきりと現れていたのも事実だろう。ユース時代の輝きを知る者としては、「内心、辛いだろうな」と、その心情を察していたに違いない。当然、筆者もその一人だった。だが、22歳MFの思考は真逆だった。

 

「逆に、『辛い』とかは全くなくて。あの時は本当にメンタル的にも全てをポジティブに考えられていました。何事も捉え方次第。あそこで、たぶんGKとセンターバック以外のポジションでプレーさせていただいたと思うのですが、その経験が今、本当に生きていると思います。それぞれのポジションでの楽しさも感じられましたし、今後のサッカー人生においてもすごくプラスになったと考えています」

 

そうした、自らが置かれた状況をすべて受け入れ、ポジティブに捉えられるようになったのは、ここまでのプロキャリアの中でJ2、J3のクラブでプレーしたことで、常に危機感と隣り合わせの選手たちとともに過ごしてきたからだ。

 

「正直、引退した選手をたくさん見てきました。去年もプレーヤーとしても素晴らしく、仲良くさせていただいた先輩が、契約満了でトライアウトを受けていたり。身近な人にそういった選手がいましたし、いつ自分がサッカーができなくなってもおかしくないということを、本当にこのオフシーズンで考えさせられました。なので、復帰が決まった時のコメントでも言いましたが、「サッカーができることへの感謝と、サッカーを楽しむこと」。この2つだけは自分の中で絶対に毎日忘れずに練習に挑もうと意識して毎日取り組んでいます」

 

その決意に加え、城福浩監督が就任時から掲げている「日本一のトレーニング」を目指した日々の練習は、最高にマッチした。さらに、全体練習のあとに行われている“エクストラ”と称されている試合主力メンバー以外の選手によるトレーニングにも全力でのトライが求められている。心の底から「今日一日、後悔のないようにどれだけ自分が力を出し切れたか」を意識した一日一日を積み重ね続けている姿は、当然、城福監督の目に止まらないはずはない。

 

第3節セレッソ大阪戦で、松橋は初めてメンバー入りを果たし、7分間という短い時間だったがJ1デビューを果たした。監督は、その抜擢について、「我々(コーチングスタッフ)は、どの選手が本気で目を三角にして、頭から湯気を出してトレーニングを続けているかを見ていますし、そういう選手を大事にしたい」と話し、弛まない努力を続ける背番号『33』の姿勢を評価した。「じゃあ、松橋が18人のメンバーの中に毎回入ってくるかといえば別の話ですが」と指揮官は付け加えたが、以降、前節まで8試合連続でメンバー入りを果たしているという意味では、松橋が自ら勝ち取った何よりの証拠と言えよう。

ただ、だからといって、心が休まることはひとときもない。

 

「そういった姿を本当にフラットに見て、評価していただけたのは本当にありがたいことですし、J1デビューまでたどり着いたことは、まだ通過点ですが、シーズン最初の自分からしたら考えられなかったことなので、嬉しさはあります。けど、そこに浸ってる暇はありません。

僕自身、最初のハングリー精神はこれからも絶対に忘れてはいけないと思っていて。ここ最近メンバーには入れていますが、そこに絶対に満足しちゃいけないと思いますし、逆に言えば、試合に関われてないメンバーたちはまだたくさんいるわけで、そういった選手たちが評価されて、今後試合に関わっていく可能性はいくらでもあるということです。

それに、チームとしてなかなか勝てていない試合が続いているということは、まだ何かがたりない。甘さだったりが自分自身にも絶対あると思いますし、チームとしてもあると思うので、そこを普段の練習から突き詰めていきたいと思います」

 

“ヴェルディ”を、松橋は「第二の実家」だと表現する。一度離れたからこそ、あらためて「自分が育ったクラブに帰ってこられて良かったな」と実感しているとともに、「このクラブに恩返しできるチャンスがあることが、本当にありがたい。ぜひ結果で、クラブのために貢献したいと思っています」と活躍を誓う。

 

前節、自身のJ1初ゴールを本当に多くの人が祝福してくれた。そのたくさんの笑顔と大きな歓声を浴びながらあらためて溢れてきた想いがある。

 

「もっともっとチームを勝たせる存在になって、もっともっとみんなから応援される選手になりたい」

 

甘いマスクをさらに引き立てるように、目を輝かせながら続けた。

 

「クラブやファン・サポーターから愛される選手っていると思うのですが、そういう存在に、僕もなりたいんです。僕の身近なところでいえば、小池純輝くん(現クリアソン新宿/JFL)のような選手。そのためには、プレーでの結果はもちろん、普段からの人間性、ファン・サポーターへの対応なども必ず必要になってくると思うので、まだまだ成長しなければなりません。これからも、常日頃の練習からこだわって、1つ1つのプレーに人生をかけてやれるか。それが結果に繋がると思っています。ファン・サポーターの方たちの後押しが最大のパワーになります。まだホームで勝利を届けられていないので、ジュビロ磐田戦こそ、ぜひチームを勝たせてみなさんと一緒に喜べるように頑張りたいと思います!」

 

これからもハングリー精神全開、泥臭くゴールを目指し、多くの人の心を熱く昂らせてくれるだろう。

<深堀り!>

Q:アカデミー時代からの2個上の先輩・谷口栄斗選手と行動を共にする姿をよく見かけます。どんな存在ですか?

 

A:地元が同じ厚木で、中学校も同じで1年、3年の関係だったので、いろいろ距離が近くて(笑)ユースまで一緒にプレーしていましたが、プロの世界では一緒にプレーするのは初めてなので、嬉しさはめちゃめちゃあります。元から知っていた存在なので、すぐ馴染めましたし、プライベートとかもけっこう一緒に過ごしてはいますね。洋服とかの趣味も合う部分が多いので、一緒に買い物にも行きます。

存在としては、一応『師匠』と言っておきます(笑)

プレー面では、ポジションが違うので、直接何かアドバイスをもらうとかはないです。ただ、サッカーに対する考え方や取り組む姿勢というものは、なんか似ているというか、どういったものを食べて飲むかなど、トレーニング方法はお互い共有しています。

 

トレーニングとはまたちょっと違くて、個人的な話なのですが、僕、昼寝が大好きで、時間さえあれば昼寝をするんです。コーヒーは普通に飲むのですが、昼に飲んでしまうと、全く寝れなくなって昼寝ができなくなっちゃうので、練習の帰りとかは飲まないようにしています。昼寝したいので(笑)!でも、逆に昼寝をしすぎちゃうと、今度は夜に眠れなくなっちゃうので、その昼寝をどれぐらいにすれば夜もしっかり眠れるのかを、ただいま実験中です。今のところ、2時間寝てしまうと絶対に夜が寝られなくなっちゃうので、2時間は切るようにしていて。でも、1時間以内だと足りないんですよね。なので、1時間から2時間の間のどこかで最適解を探せたらと思っています。

僕、夜は23時から0時ぐらいの間に寝て、朝は6時半起きが基本。合計で8時間ぐらい寝られればいいかなと思っているので、その逆算からも、昼寝の時間は本当に大事にしたいですし、真剣に考えたいなと思っています。

(文 上岡真里江・スポーツライター/写真 松田杏子)