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2021.07.30

『YOUTHFUL DAYS』vol.6 安在和樹

『YOUTHFUL DAYS』vol.6 安在和樹

プロの厳しい世界で戦う男たちにも若く夢を抱いた若葉の頃があった。緑の戦士たちのルーツを振り返る。

取材・文=上岡真里江

 

同世代の猛者たちの中で揉まれたアカデミー時代

「自分には緑の血が流れている」「ヴェルディが大好き」など、表立って“ヴェルディ愛”を口にするタイプではない。だが、小学校4年生から9年間を東京ヴェルディのアカデミーで過ごし、トップチーム昇格を果たした生粋の“ヴェルディっ子”にとって、その年月は言うまでもなくかけがえのない財産になっている。「すごく刺激的で、今の自分を作り上げるために欠かせない、最高に重要な時間でした」

通っていた幼稚園で受けられる習い事の一環で、年長組の時にサッカーを始めた。理由はごくごく単純。「仲の良い友だちが始めたから、その流れだったと思います」。それでも、ハマっていくのにそう時間はかからなかった。当時、体操、水泳、さらには少林寺拳法にも通うなど、「習い事だらけで、あんまり遊べる日がなかった」というほど忙しい少年だったが、いずれの習い事も小学校低学年の頃に終了。おのずと、やっていて一番楽しかったサッカーだけに専念するようになった。

転機が訪れたのは、小学校3年生の終わり頃だ。小学校入学と同時に所属していた地元チーム『羽衣SC』で上級生チームの試合にも出るほど目立つ存在だった安在に、コーチから提案があった。「今の自分の力を知ることもできるし、力試しにヴェルディジュニアのセレクションを受けてみなよ」。当時、「Jリーグのクラブに下部組織があることを知らなかった」ことが幸いしたのかもしれない。過度な緊張や「プロへの第一歩」といったプレッシャーを特に感じることなく、薦められるがまま受験すると、狭き門を見事に突破した。

 

ヴェルディジュニアに入ると、世界が一変した。それまで地元チームでは常に「超上手い」と特別視される存在だったが、読売ランドへ通い始めると、自分が決してスーパーな選手ではないことを毎日のように思い知らされる。ジュニアからの同級生には、現在国内外のトップの舞台で活躍する中島翔哉(アル・アインFC/UAE)、前田直輝(名古屋グランパス)がいて、セレクションの時からその技術力の高さに強烈な衝撃を受けた。さらにジュニアユースに上がると、1〜2学年上には小林祐希(アル・ホールSC/カタール)、高木善朗(アルビレックス新潟)、南秀仁(モンテディオ山形)ら精鋭がそろっていた。また、チーム自体が強く、全国大会に出場する機会も多かったため、対戦相手も常にハイレベルだった。

 

同世代の猛者たちの中で揉まれ続けたことこそが、自身のポテンシャルをより引き上げてくれたと今ははっきりと断言できる。「あの時のチームは、全国の強い相手とやっても全然負けなかった。そのチームの中で、試合に出るために、常日頃から自分の特長を出して、アピールして、ということを毎日、毎日積み重ねた結果が、現在の自分につながっている」

 

生き残るために磨いた『左足』という武器

指導者や指導方針にも恵まれた。「ジュニアでは基本中の基本の技術、ジュニアユースでは体も含めたベースを上げ、そのうえで自分の武器である左足のキックに磨きをかけていました」。ヴェルディアカデミー出身選手は、それぞれが“代名詞”と言える必殺の武器を持っているものだが、安在にとってのそれは『左足』だった。

 

自信を植えつけてくれたのは、ジュニア時代の監督、永田雅人氏(現日テレ・東京ヴェルディベレーザ ヘッドコーチ)だった。

 

「永田さんは小学生の時から『キックがいいんだから、キックを磨け』と言って、いろいろな種類のキックの蹴り方を教えてくれました。僕自身、あのメンバーの中で生き残って自分の良さを出すためには、キックが一番だということは分かっていたので、それを伸ばしていくことに特化して武器を作ってきました。プレー面でも、ズル賢くやること。相手の逆をとるとか、相手が嫌がるプレーをするとか、頭を使うことも教えてもらいました」

 

永田氏に限らず、その後、各カテゴリーで指導を受けた冨樫剛一氏、西ヶ谷隆之氏(現松本山雅コーチ)、楠瀬直木氏(現浦和レッドダイヤモンズ・レディース監督)の全員が「恩師」だという。「それぞれに教えていただいたことが、自分を成長させてくれた」と今でも感謝している。

ただ、決して良い時期ばかりではなかった。特にユース時代にケガで苦しんだことは、いまだに思い出すたびにつらくなるほどだ。高校1年生の秋、膝に全治6カ月のケガを負った。人生初の手術を経験し、キツいリハビリを続けながら、本当にまたサッカーができるのかと不安でたまらなかった。それでも少しずつ回復する中で不安を払拭し、自信を取り戻し、ピッチへ戻った時の喜びは格別だった。

 

ところが、復帰直後の試合で足の親指を骨折し、再び離脱。復帰まで2カ月を要した。高校1年生から2年生という伸び盛りの時期に、計8カ月もサッカーができなかったことが、本当にしんどかった。だからこそ、サッカー少年・少女に一番伝えたいのは「ケガには気をつけてください」ということであり、自分自身も、今最も高く意識しているのは「健康であること」だ。ケガはどんなに気をつけていても起こってしまうことのように思えるが、それでも安在は断言する。「防ぎようがないかもしれないですが、それも才能。ケガをしないのは大事な才能だと思います」。プロになってからも、大きなケガに悩まされ、乗り越えてきたからこその重みのある言葉だ。

 

2021年、“安在和樹”のベースを作り、左足という武器を授けてくれたヴェルディに4年ぶりに帰ってきた。「永井(秀樹)さんは本当に面白いサッカーをやっているので、それを一緒に取り組めているのが今、すごく楽しくて。立ち位置一つとっても、その細かさに『あー、そうなんだ』と勉強になるし、すごく成長を実感しています。このサッカーの中で、ゴールやアシストなど、得点に直結するプレーをどんどん増やして、なおかつチームを勝たせられる選手になっていきたいです」

今年で27歳。培ってきた経験とフィジカルの鍛錬度が相まる、プロ選手としてもっとも充実の時期だと言える。その貴重な時期を、再びヴェルディで過ごすことになったのも何かの縁に違いない。ヴェルディで身につけた武器を、鳥栖、山口での3年でどれだけ磨いたか。成長を証明するとともに、さらに研ぎ澄まし、より一層輝きを増していきたい。